JLPT N1 – Reading Exercise 80

#307
Furigana



ひと会話かいわというのは、言葉ことばとしては案外あんがいっていないことがおおい。ずっとむかし母親ははおやはなをしていてそう痛感つうかんしたことがある。

たとえばのはなしわたしははに「このあいだよりふとったみたいだけれどどうしたの」とく、するとははは「ふくいにいったらおおきなサイズのみせにいけとわれてはらがたった」とつづける。「あまいものをべすぎなんじゃないの」とわたしうと、「どこそこのみせ大福だいふくったらまずくてべられたものじゃなかった」とははう。

このようにしるしてみれば、会話かいわとしてまったくっていない。双方そうほう双方そうほうおもうままをくちにしているだけである。

わたしはこのははとよく口論こうろんになった。この「(1)おもうまま会話かいわ」がどんどんすすんでいくと、最後さいごまってははは「小説しょうせつなんかいてないで結婚けっこんしたらどうか」という方向ほうこう結論けつろんづけ、「あなたがふとったはなしがなぜわたし結婚問題けっこんもんだいむすびつくのか」と(2)わたしっかかり口論こうろんになるわけである。この口論こうろんだってもちろん、会話かいわとしてはっていない。その都度つど、「ははわたし言葉ことばつうじないのだ」と腹立はらだまぎれにおもったものだった。

しかしひょっとしたら、つうじないとめつけたわたしは、会話かいわというものは「相手あいてうことをみみき、順繰じゅんぐりに理解りかいする」はずだとしんじていたのかもしれない。しんじているふうに会話かいわすすんでくれないことに、苛立いらだっていたのかもしれない。そういえば、「わたしはなしをちゃんといているのか」と、はなし途中とちゅう幾度いくどったことをいまおもした。(3)あれは、「みみいたことを順繰じゅんぐりに理解りかいしているのか」と、自分じぶんしんじるところをうったえていたんだなあ。

言葉ことばというものは使つかひとによって、温度おんど色合いろあいもちがう。もしこれが統一とういつされていれば、順序じゅんじょだてて理性的りせいてき会話かいわをせずとも、誤解ごかい勘違かんちがいやすれちがいはまったくなくなるのではないか。(4)映画えいが小説しょうせつのなかで人々ひとびとわす言葉ことばは、たいていの場合ばあい温度おんど色合いろあいも統一とういつされている。だからものごとはまった時間じかんまったペ-ジすうのなかで、理性的りせいてき展開てんかいされ着地ちゃくちする。しかし(____5____)で、おな温度おんどおな色合いろあい、無個性むこせい言葉ことばでしか会話かいわできないとしたら、とかんがえると、なにやら殺伐さつばつとしたものをかんじてしまう。あくまで想像そうぞうだが、戦時下せんじかなどの有事ゆうじのときは、ぎりぎりまで言葉ことばから個性こせいがそぎとされたのではなかろうか。

そのひとしかない言葉ことばがあり、そのひとからしかれない言葉ことばというものがある。誤解ごかいをしたりすれちがったりしつつ、それをまた言葉ことば訂正ていせいしていく、ということも、案外あんがいひとつゆたかさのひとつなのかもしれない。そうかんがえると、成立せいりつしなかったようにおもえたははとの会話かいわも、わたしたちにしかありない関係かんけいのひとつだったとおもえ、そのことにちょうっと安心あんしんする。

角田光代かくたみつよ成立せいりつしない会話かいわ」「のうあるヒトヒトこころあるヒトヒト産経新聞さんけいしんぶん2006ねんがつ16にち 朝刊ちょうかんによる)

Vocabulary (69)
Try It Out!
1
(1)「思うまま会話」とあるが、どのような会話か。
1. 相手に通じないとあきらめて、初めから相手を理解しようとしない会話
2. 相手の話を十分聞かず、自分の言いたいことを言うだけでかみ合わない会話
3. 相手が興味を持っている話題について、相手の話の流れに合わせてする会話
4. 相手の話を聞いていて腹がたつ内容が含まれているので、口論になりやすい会話
2
(2)「私が突っかかり」とあるが、その時の筆者の気持ちとして最も適当なものはどれか。
1. 母の話は何が言いたいのかわかりにくいので、欲求不満を感じている。
2. 母のことを思って話しているのに、どうしてわかってくれないのだろうという苛立ちを感じている。
3. 母の話は始まりと終わりでは内容が異なり、しかも気に障る内容になることに対して不快感を持っている。
4. 母が言いたいことを言い続けて人の話を聞かないので、言いたいことが言えなくなるという不満を持っている。
3
(3)「あれ」とは何か。
1. 母とどんなことでもよく口論したこと
2. 母に自分の話は通じないと決めつけたこと
3. 母との会話が思うように進まず苛立ってこと
4. 母に自分の話を聞いているのか何度も確かめたこと
4
(4)「映画や小説のなかで人々が交わす言葉」に対して、筆者はどのように思っているか。最も適当なものはどれか。
1. 言葉の順番が決まっているので、会話が理性的である。
2. 会話が順序だてて進まないので、個性的でありおもしろい。
3. 言葉の使われ方もニュアンスも同じで、会話が予想どおりに進む。
4. 会話の場面では、お互いに相手の話をよく聞くようになっている。
5
(___5___)に入る表現として最も適当なものはどれか。
1. 実際の生活
2. 映画の世界
3. 小説の世界
4. 理想的な生活
6
筆者は、はじめに会話がどのようなものだと考えていたか。
1. 本来理性的であるが、誤解は当然生じるものだ。
2. すれ違いがあっても、苛立たずに聞くべきものだ。
3. 相手の話の流れに沿って聞き、理解するべきものだ。
4. 個性的であっても、その方が人間的だと感じられるものだ。
7
母と自分との会話について筆者は今はどう思っているか。
1. 誤解が生じるような会話も、活発な口論になるので、おもしろい。
2. 誤解が生じるような会話も、二人の個性が表れていて、悪くはない。
3. 誤解が生じるような会話は、母のわがままな性格の表れで、受け入れがたい。
4. 誤解が生じるような会話は、母が一方的に進めたことが原因なので、意味がない。