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上田電鉄ハフ1形客車

り替えミスによって真田駅構内から流転・逸走し、しばらく下り北本原駅構内において脱線転覆する事故(実際は筵などの障害物を構内に造って止めた結果なので荒療治)が発生、人的被害は皆無であったものの、手ブレーキの設備がなく非常時における制動手段を持たない本形式の極めて低い安全性が露呈した結果となった。

คำที่เกี่ยวข้อง

名鉄ミ1形電車

名鉄ミ1形電車(めいてつミ1がたでんしゃ)は、かつて名古屋鉄道が保有した軌道線用散水車(撒水車)である。水1形(みず1がた)とも称される。 ミ1-4(水1-4)の計4両が存在した。形式称号の上では一形式に纏められていたが、各車それぞれ構造は異なる。 美濃電気軌道が最初に導入した散水車で、1920年(大正9年)に名古屋電車製作所で

国鉄モハ1形電車

4-88283-901-6(1997年) 沢柳健一・高砂雍郎 「旧型国電車両台帳 院電編」 - ジェー・アール・アール ISBN 4-88283-906-7(2006年) 新出茂雄・弓削進 「国鉄電車発達史」 - 電気車研究会(1959年) 寺田貞夫 「木製國電略史」 - 「日本国鉄電車特集集成 第1集」に収録 「木製省電図面集」 -

東京電車鉄道1形電車

にかけて日本車輌製造、東京馬車車体、名古屋車体で250両が製造された。路面電車用としては東京で最初の電車で、全長約7.6メートル、ダブルルーフに吹きさらしのオープンデッキを持つ木造四輪単車という当時の典型的なスタイルの車両であった。定員は40人で、客室側面の窓は8個のものと10個のものが存在した。

上信電鉄1000形電車

1は同FS095を採用した。車体支持方式はダイレクトマウント式、軸箱支持方式はペデスタル式である。主電動機は200形のものと同系統の東洋電機製造製の補極付自己通風型直流整流子電動機TDK806/7-Hで、中空軸平行カルダン方式・定格出力100kWである点は200形と同じであるが、本形式では2両単位の

上信電鉄150形電車

同車も前面ステンレス化粧板とドアは未塗装で、広告車になった際に塗りつぶされた。第1編成から約1年後、同様に全般検査に際して前面の化粧板のみ磨き出しが行われた。 ^ 前面化粧板磨き出し後も、その上からラッピングされている。 ^ “151形車両が引退します!”. 上信電鉄 (2018年5月7日). 2018年5月8日閲覧。

上信電鉄250形電車

磁3段)である。力行のみの制御で主電動機2台を1組としたうえで、永久直列の2群に分けて直並列制御および弱め界磁制御を行う。 主幹制御器はワンハンドル式の1000形や6000形とは異なり、力行のみ4ノッチとした縦軸マスコンを採用した。 東洋電機製造製補極付自己

目黒蒲田電鉄デハ1形電車

17m級車であり、これらの多くが戦後も50年近くに渡り運用される一方、後述するが本形式は東京急行電鉄成立以前の早期に処分されていることからみて、この小林の提言が結果的に正鵠を得たものかどうかは疑問が残る。なお、阪急の前身である阪神急行電鉄には、デハ1号形と酷似した支線用小型車が導入されている。

近江鉄道電1形電車

近江鉄道電1形電車(おうみてつどうでん1がたでんしゃ)は、近江鉄道が自社の保有する路線の電化完成に際して1924年(大正13年)に新製した、近江鉄道初の電車(制御電動車)である。 本項では、電1形が電装解除・制御車化されたのちに称した車両形式であるクハ21形電車(初代)・クハニ23形電車・クハユ24

渥美電鉄デホハ1形電車

名鉄キハ150形)であり、後に付随車化されたサ2280形として運用された車両である。 1945年8月14日 モ152は天白変電所付近で米軍機より機銃掃射を受け死者15人、負傷者16人をだす。 写真や図面から登場時は乗降ステップ、救助網があった。 [脚注の使い方] ^ 清水武、田中義人『名古屋鉄道車両史

河東鉄道フホハ1形客車

1922年(大正11年)6月2日の河東鉄道開業に際して、日本車輌製造東京支店で製造された客車である。並等客車フホハ1形1 - 5、並等・特等合造客車フホロハ1形1 - 3の計8両が新製された。 いずれもパンタグラフやモーター等を搭載すれば電車として機能するようにあらかじめ設計された電車形木造客車であった。

プリンチペ・グラナローロ鉄道1形電車

有効径637mm(最大径680mm)、歯幅140mm、歯数20枚の1枚歯のピニオンが設置され、左右に直径580mmの従輪が、片側にピニオン駆動用の歯車が設置されており、従輪は片側が両側フランジでもう片側がフランジなしの幅広のものとなっているほか、従輪とピニオンの有効

上田電鉄1000系電車

車となった7253編成に代わり、「まるまどりーむ号Mimaki」として運行を開始した。長野県東御市にある、業務用大判インクジェットプリンターメーカーのミマキエンジニアリングが特別協賛になり、側面窓下にMimakiのロゴが入っている。 6000系6001編成は2015年(平成27年)3月28日に特別試

上田丸子電鉄モハ5270形電車

7日付で、クハ5910はクハ260形261(初代)として、同年11月17日付で富山港線から転入した。 同2両は払い下げを受けた段階で車体の老朽化が相当進行していたことから、導入に際しては客用扉を側窓1つ分車体中心寄りへ移設し、その他各部の補強を実施した。なお、車体塗装は上半分をクリーム・下半分を濃紺

上田丸子電鉄サハ60形電車

田原車庫内に東急色のまま放置されていた。その後、この2両は昭和45年西武建設に車体のみ売却され、西武所沢車両工場において外板張替え、室内整備、金属サッシ窓化、MG取り付けの改造を受け、伊予鉄道へ新製扱いで転売されサハ500形となった。新製扱いのため、この2両の新旧番号対象は不明である。

上田丸子電鉄モハ2320形電車

ど灯具類の新設のほか、各客用扉に戸閉装置(ドアエンジン)を設置し、上田丸子電鉄においては初となる自動扉仕様車両となった。その他、警笛(タイフォン)が前後妻面とも屋根部に設置された点が特徴であり、また前照灯は当初幕板上部の雨樋付近に設置したが、後年屋根上に移設した。

上田丸子電鉄モハ4360形電車

あたり、扉の位置を変更する改造が行われている。 モハ4360形は改造工事の折に車内の照明を蛍光灯に切り替えている。これは上田丸子電鉄では史上初であった。それまでは白熱灯による直接照明が主流であったが就役を機に車内照明を蛍光灯に切り替えていったのである。 上田丸子入線以来ずっと丸子線で使用された。運行

小田原電気鉄道チキ1形電車

^ チキ1号かチキ4号、あるいは両方と推測されている。 ^ 105号が欠番なのは、チキ5号が廃車済みのため。 ^ 竣工図表では6両とも東芝製となっているが、電装品を主にしたためと推測されている。 ^ 2008年9月以降にモハ2形108号に施されたデザイン(当該画像)。 ^

愛知電気鉄道電1形電車

「名古屋鉄道の車両前史 現在の名鉄を構成した各社の車両」 1986年12月臨時増刊号(通巻473号) pp.166 - 176 白土貞夫 「絵葉書が語る 名古屋鉄道前史時代」 2006年1月臨時増刊号(通巻771号) pp.73 - 77 白土貞夫 「続 絵葉書が語る 名古屋鉄道前史時代」 2009年3月臨時増刊号(通巻816号)

玉南電気鉄道1形電車

(SME) を搭載する。電動空気圧縮機 (CP) はWH社製DH-16を採用し、同ブレーキ装置に空気圧を供給する。 1 - 6はばね上昇式のWH社製大型菱枠パンタグラフを、7 - 10は機関車用の空気圧上昇式菱枠パンタグラフである東洋電機製造TDK-Dを、それぞれ1基ずつ搭載する。