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รายละเอียดคำ

小鴨氏

小鴨氏(おがもし)は、平安時代から安土桃山時代にかけて伯耆国東部(東伯耆)で栄えた一族。 「小鴨家系図」によると天智天皇に号を賜った「小鴨主」を祖としており、伯耆国では最も歴史が長い一族である。伯耆国久米郡小鴨郷が一族の出身地とされ、国府の在庁官人を務め、それをもとにして勢力の拡大を行っていた。築

คำที่เกี่ยวข้อง

小鴨駅

小鴨駅(おがもえき)は、鳥取県倉吉市小鴨にあった、日本国有鉄道(国鉄)倉吉線の駅(廃駅)である。倉吉線の廃線に伴い、1985年(昭和60年)4月1日に廃駅となった。 1941年(昭和16年)5月17日:倉吉線の倉吉駅(後の打吹駅) - 関金駅間延伸時に、一般駅として新設。

小鴨町

日本 > 愛知県 > 名古屋市 > 中村区 > 小鴨町 小鴨町(こかもちょう)は、愛知県名古屋市中村区の地名。丁目の設定はない。住居表示未実施。 名古屋市中村区西部に位置する。西は宮塚町、南は岩塚本通に接する。 岩塚町の字小鴨に由来する。 1959年(昭和34年)3月27日 - 岩塚土地区画整理組合の設立が認可される。

小鴨由水

小鴨 由水(こかも ゆみ、1971年12月26日 - )は、日本の女子陸上競技長距離走・マラソン選手。元女子マラソン日本最高記録保持者・1992年バルセロナオリンピック女子マラソン日本代表。 兵庫県明石市出身。1984年4月に明石市立大蔵中学校に入学後、陸上競技部に所属。その時、生涯の恩師となる荻野

小鴨之基

率いる因幡国・伯耆の兵3000余騎の満祐追討軍に参加、満祐を討ち取るという武功を挙げた。 この功績によって山名教之には「御太刀、御腹巻、白金物、御馬糟毛」が之基には「御太刀長光、御腰物藤四郎」が恩賞として授けられた。乱後の論功行賞で教之は備前を与えられ、備前守護代には之基が任じられた。之基が守護代で

鴨

京都市鴨川流域の上賀茂・下鴨の総称。 ((歌枕))「かれにける葵のみこそ悲しけれあはれとみずや~の瑞垣(ミズガキ)/新古今(恋四)」 〔多く「葵(アオイ)」とともに詠まれた〕

鴨

姓氏の一。

鴨

(1)カモ目カモ科のうち, ハクチョウ類・ガン類・アイサ類を除いたものの総称。 中形の水鳥。 雄は派手な色合い, 雌は地味な茶褐色のものが多い。 マガモ・コガモ・オナガガモ・ハシビロガモなど。 日本ではカルガモを除き, 多くは冬鳥。 ﹝季﹞冬。 《海くれて~のこゑほのかに白し/芭蕉》 (2)勝負事などで, くみしやすい相手。 また, だましやすい相手。 「~にする」「いい~だ」 <i>~が葱(ネギ)をしょって来る</i> 〔鴨鍋の材料がそろうことから〕 願ってもないこと, 大変好都合であることにいう。 鴨葱。 <i>~の浮き寝</i> 〔鴨が水に浮きながら寝るさまが, 不安に思われることから〕 安らかでないことのたとえ。 「沖に住む~の安けくもなき/万葉2806」 <i>~の脛(ハギ)</i> 鴨の脚。 短いもののたとえとする。 <i>~の水掻(カ)き</i> 鴨は気楽そうに水に浮かんでいるが, その水掻きは水中で絶えず動いているという意。 人知れぬ苦労の絶えないことのたとえ。

小寺氏

小寺氏(こでらし)は、日本の武家氏族の一つ。 播磨の守護大名・赤松氏一門宇野氏の庶流であり、姫路城のち御着城を本拠として勢力を伸ばした。 小寺氏は、赤松氏の祖である赤松頼範の四男将則を遠祖として、将則の曾孫宇野頼定(うのよりさだ)の次男頼季(よりすえ)が小寺氏を称したと伝えられている。一説に小寺氏は

小里氏

弘治3年(1557年) この頃より神箆城主の延友信光(土岐三兵衛)と不和になる。 永禄8年(1565年)には高野口(神篦城付近)で織田方(森長可)・武田方(秋山虎繁)両軍の軍事衝突が起こった(高野口の戦い)。その際に光忠・光次は信長に従い、秋山虎繁の軍を撃退した。

小野氏

が美濃国小野に住み、小野氏を名乗ったという。この一族の小野継胤は大江広元の嫡男の大江親広の配下であったが、承久の乱により敗れた親広が出羽国寒河江荘に潜居した際付き従ったという。承久の乱では平賀氏当主で6か国守護を継承した惟信も後鳥羽上皇に付き、後に配流された。小野継胤の子顕胤は、乱の後許された親広の

小出氏

流とされるなど、系図上の流れは二つあり、小出秀政までの系譜も諸説あって定かでは無い。 小出氏の祖である能綱の父が為綱といった点に着目すれば、三日祝と呼ばれた大祝二郎諏訪為継(一に為綱)の後裔であったと考える説もある。 はっきりしているのは小出秀政が豊臣秀吉の母大政所の妹(栄松院)の夫であったことで大

小田氏

小田泰知(やすとも) - 名は小田泰朝とも。北条氏得宗家当主・北条泰時より偏諱を賜う。 小田時知(ときとも) - 北条氏得宗家当主(経時または時頼)より偏諱を賜う。 小田宗知(むねとも) - 北条氏得宗家当主・北条時宗より偏諱を賜う。正安3年(1301年)より常陸守護。 小田貞宗(さだむね) -

小槻氏

ら基綱が養子に入って以降、源氏を本姓としている。 元来は朝廷の機関だが、官中の庶務を掌握するという性質上、小槻氏の相伝となる(官司請負制も参照)。 官文庫 史は公文書の作成・有職故実の調査を行うため、太政官文殿の管理も行った。官務家となった小槻氏は、その職の便宜上私的に文庫を有していたが、時代が移る

小山氏

性もあるとする)。例えば木戸法季・結城基光は下野守護であったが下野守ではなかった。さらに磯貝説で下野守護とされている宇都宮氏綱自身も1352年に下野守から伊予守に補任されたことは足利尊氏の御教書などから判明しており、当の氏綱自身も伊予守の署名をした文書を発給しているが、磯貝説ではこのことに関する説明がつかなくなる。

小幡氏

上州小幡氏の一族である小幡四郎左衛門尉(真壁小幡氏)の流れが入っている可能性が高い。正俊の家紋は直之系と似て「軍配団扇内七五三笹」である。 陸奥国にある小幡氏は、伊達郡東根上郷小幡村(現・福島県伊達市保原町小幡)から起こった一族である。宇都宮氏の一族で古くから伊達氏に仕えていたと思われる。留守氏の

小見氏

生島足島神社に残された武田信玄配下多数の起請文の中に麻績清永の物は2通あって異彩を放っている。前日付の決まりきった内容と異なる翌日の再提出文は国侍同士で仲良くしないこと。特に互いに元村上氏の配下であって領地を接している屋代氏や室賀氏、大日方氏とは殊更仲良くしないことを誓わされている。

下鴨

下鴨(しもがも)は、京都盆地北東部の賀茂川(鴨川)と高野川が合流する地点の北側に広がる地域である。京都市左京区に属する。 日本の首都が平安京に移る前から賀茂県主氏一族が住んでいた地域であり、賀茂氏の氏神であった賀茂別雷神社(上賀茂神社)と賀茂御祖神社(下鴨神社)のうち、下鴨神社の周辺を指して下鴨と呼ばれるようになった。中世には下賀茂

葦鴨

〔葦辺に群れているところから〕 鴨。 「渚には~騒き/万葉 3993」

葦鴨

カモ目カモ科の水鳥。 全長約46センチメートル。 雄は頭部の金属光沢のある黒色の羽毛と翼の三列風切羽が長くのびて美しい。 雌は地味な褐色。 アジア東北部に分布。 日本では北海道で繁殖。 冬は本州以南の各地や台湾に渡る。 ミノガモ。 ミノヨシ。