Logo
หน้าแรก
บทเรียน
สมุดบันทึก
พจนานุกรม
JLPT ข้อสอบฝึกหัด
วิดีโอ
อัปเกรด
ข้อเสนอแนะ
Logo
หน้าแรก
บทเรียน
สมุดบันทึก
พจนานุกรม
JLPT ข้อสอบฝึกหัด
วิดีโอ
อัปเกรด
ข้อเสนอแนะ
Todaii Japanese
Switch language – current: th
Logo Japanese
[email protected]
(+84) 865 924 966
315 Truong Chinh, Ha Noi
www.todaiinews.com
DMCA.com Protection Status

เกี่ยวกับ Todaii Japanese

เรื่องราวแบรนด์คำถามที่พบบ่อยคู่มือผู้ใช้ข้อกำหนดและนโยบายข้อมูลการคืนเงิน

โซเชียลเนตเวิร์ค

Logo facebookLogo instagram

เวอร์ชันแอป

AppstoreGoogle play

แอปอื่น

Todaii German
Todaii English
Todaii Chinese
Todaii Korean
DMCA.com Protection Status

ลิขสิทธิ์เป็นของบริษัท eUp Technology JSC

Copyright@2026

พจนานุกรม

รายละเอียดคำ

標津郡

以下の2町を含む。 中標津町(なかしべつちょう) 標津町(しべつちょう) 1879年(明治12年)に行政区画として発足した当時の郡域は、上記2町から標津町の一部(崎無異・薫別・古多糠・忠類・茶志骨)、中標津町の一部(協和・豊岡および俵橋の一部)除いた区域にあたる。 1700年 元禄御国絵図に「ちべ内」と記載。標津が文献に表われた初め。

คำที่เกี่ยวข้อง

標津町

標津村 → 標津、武佐、開陽、俣落、西竹、養老牛、上標津、計根別、当幌、中標津、俵橋、川北 伊茶仁村 → 伊茶仁 薫別村 → 薫別 崎無異村 → 崎無異 忠類村 → 忠類、古多糠 茶志骨村 → 茶志骨 1937年(昭和12年) 国鉄標津線が根室標津駅まで延伸。殖民軌道廃止。 1946年(昭和21年)

標津線

び北海道旅客鉄道(JR北海道)が運営していた鉄道路線(地方交通線)である。北海道川上郡標茶町の標茶駅で釧網本線から分岐し、標津郡標津町の根室標津駅に至る本線と同郡中標津町の中標津駅で本線から分岐し、根室市の厚床駅で根室本線に接続する支線から成り立っていた。 国鉄再建法の施行により、1985年(昭和

標津川

標津川(しべつがわ)は、北海道東部根室振興局管内を流れる二級河川。標津川水系の本流である。 北海道標津郡中標津町の斜里郡清里町との境界にある標津岳に源を発し、根釧台地を南東に流れる。ケネカ川を合わせ北東よりに向きを変え、標津郡標津町の野付半島の北でオホーツク海に注ぐ。全長約77.9 km。流域面積は約671

標葉郡

標葉郡(しねはぐん、しめはぐん)は、福島県浜通り(陸奥国・磐城国)にあった郡。 1878年(明治12年)に行政区画として発足した当時の郡域は、双葉郡大熊町・浪江町・双葉町・葛尾村にあたる。 古代 『先代旧事本紀』国造本紀によると成務天皇期に足彦命を染羽国造(しめはのくにのみやつこ)に任じたとされる。 『和名抄』には「志波(しは)郡」とある。

中標津町

中標津町(なかしべつちょう)は、北海道標津郡にある町。北海道東部(道東地域)に位置し、根室振興局が管轄する。地名は、標津川の中流域にあることに由来する。 中標津町は、東西約42km、南北約27kmあり、南部は根釧台地の丘陵、北部は知床半島から連なる山岳地帯になっている。土地は主に泥炭地と火山灰地であ

標津湿原

町を流れるポー川の河口近くにある湿原で、役場のある町の中心部より、北へわずか3キロほどの場所に位置している。湿原の一帯はポー川下流域の自然蛇行をくりかえす標高5メートル未満の低地にあり、湿原全体の広さは約371ヘクタール、このうち天然記念物(天然保護区域)に指定されているのは212ヘクタールである

中標津駅

ームへ貨物積降線が引かれ、もう一つは南側根室標津方面の貨物ホーム、後のコンテナ取り扱い場へ引かれていた。 その他に、根室標津方面は本線左右に2本、標茶方面は南側に1本、計3本の留置線(引き上げ線)が有り、また根室標津方面の本線と南側貨物ホームの間に転車台と車庫へ向かう入出区線が1本あった。取り扱い廃

康津郡

康津郡(カンジンぐん)は、大韓民国全羅南道にある郡。 百済時代に、道武郡(トム郡)の道康(トカン)と、冬音県(トンウム県)の耽津(タムジン)が合わさって成立した。郡名は道康の「康」と耽津の「津」に由来する。 1417年 - 道康県と耽津県が統合して康津県となった。道康

長津郡

長津郡(チャンジンぐん)は、朝鮮民主主義人民共和国咸鏡南道西北部に位置する郡。 蓋馬高原に位置し、西側には狼林山脈がそびえる。郡の中心部にある長津湖は、南から北へ流れる長津江(鴨緑江の支流)を長津江ダムによって堰き止めたものである。 北 - 慈江道狼林郡 東 - 赴戦郡・新興郡 南 - 栄光郡、平安南道大興郡

甕津郡

甕津郡(オンジンぐん)は、朝鮮半島の行政区域名。 甕津郡 (仁川広域市) - 大韓民国仁川広域市に属する郡。 甕津郡 (黄海南道) - 朝鮮民主主義人民共和国黄海南道に属する郡。 朝鮮半島 このページは地名の曖昧さ回避のためのページです。一つの地名が2か所以上の場所に用いられている場合の水先案内のた

深津郡

下市、福山奈良屋町、福山大工町、福山医者町、福山中町、福山福徳町、福山藺町、福山新町、福山船町、福山東町、福山今町、福山鍛冶屋町、福山深津町、福山桶屋町、福山上魚屋町、福山米屋町、福山吉津町、福山古吉津町、福山胡町、福山下魚屋町、福山大黒町、福山本町、福山府中町、福山笠岡町が存在。

大津郡

記載は瀬戸崎。 ^ 深川村東分・深川村西分・深川湯本村に分かれて記載。 ^ 記載は後畑村・津黄村のうち。 ^ 字雨乞、観音ケ浴、上角石を除く ^ a b 字雨乞、観音ケ浴、上角石 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典』 35 山口県、角川書店、1988年11月1日。ISBN 4040013506。 

海津郡

日本 > 中部地方 > 岐阜県 > 海津郡 海津郡(かいづぐん)は、岐阜県にあった郡。 1897年(明治30年)に行政区画として発足した当時の郡域は、海津市の大部分(南濃町駒野新田・南濃町早瀬・南濃町津屋・南濃町志津・南濃町志津新田を除く)にあたる。 明治30年(1897年)4月1日 -

君津郡

旧天羽郡 - 吉野村、大貫村、佐貫町、湊町、環村、関村、駒山村、天神山村、豊岡村、竹岡村、金谷村 12月1日 - 富津村が町制施行し富津町となる。(5町37村) 1920年(大正9年)10月1日 - 大貫村が町制施行し大貫町となる。(6町36村) 1923年(大正12年)4月1日

津名郡

波村、■蟇浦村、■上山村、■来馬村、■釜口村、■浦村、■楠本村、■白山村、■谷村、■河内村、■小田村、■中持村、■岩屋浦、■下田浦、■仮屋浦、■机南村、■机浦、■轟木村、■大川村、■平林村、■江崎村、■長畠村、■仁井村、■久野々村、■畑村、■黒谷村、■大坪村、■田野尻村、■斗ノ内村、郡家中村、多賀村

津高郡

守、下足守、高松稲荷、平山、立田、加茂より南西を除く) 加賀郡吉備中央町の一部(尾原、和田、富永、加茂市場、高谷、平岡、上加茂、広面) 久米郡美咲町の一部(江与味) 南端地域(一宮地域)は、古来吉備国の中心地として栄えた地域の東端であり、吉備中山の東方に位置する。この地域は、古くから港があり繁栄して

石津郡

令制国一覧 > 東山道 > 美濃国 > 石津郡 日本 > 中部地方 > 岐阜県 > 石津郡 石津郡(いしづぐん)は、岐阜県(美濃国)にあった郡。 多芸郡を挟んで東西で飛地状態となっていた。のちに西部が上石津郡を経て養老郡、東部が下石津郡を経て海津郡となった。 現在の以下の区域にあたるが、行政区画として画定されたものではない。

御津郡

- 牧石村、御野村、伊島村、石井村、大野村、鹿田村、今村、芳田村、福浜村(現・岡山市) 旧・津高郡(22村) - 白石村、一宮村、馬屋下村、平津村、横井村、野谷村、馬屋上村、牧山村、宇垣村、金川村、上建部村、建部村、宇甘西村、宇甘東村(現・岡山市)、加茂村、福山村、長田村、上田村、富津村、豊岡村、

仲津郡

村、吉岡村、上原村、光富村、節丸村、犬丸村、内垣村、末江村、下高屋村、上高屋村、木井馬場村、横瀬村、下伊良原村、上伊良原村、扇谷村、帆柱村、津留村、真菰村、今井村、宮市村、寺畔村、流末村、天生田村、彦徳村、崎野村、柳井田村、平島村、草場村、道場寺村、徳永村 慶応3年3月(1867年4月) - 長州戦争により小倉藩が移転して香春藩となる。