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พจนานุกรม

รายละเอียดคำ

踞

[うずい]
〔「うず」は「うずくまる」と同源〕
(1)膝を立てて座ること。 しゃがんでいること。 [書言字考節用集]
(2)傲慢(ゴウマン)。 わがまま。 また, そういう人。
「御所に胡座(アグラ)かく世を~也(芭蕉)/虚栗」

踞

[うずくまる]
古信楽(コシガラキ)・古伊賀, 近くは越前古窯・古丹波などの小壺(コツボ)で, 人が蹲(ウズクマ)ったような形をしているもの。 元来は農家の日用品だったが, 茶人の好みで掛け花入れに使われる。

คำที่เกี่ยวข้อง

踞る

(1)膝を折り, 体を丸くしてしゃがむ。 「道端に~・る」 (2)しゃがんで礼をする。 「めし出されて, 事うるはしく扇を笏にとりて~・りゐたり/宇治拾遺 5」 〔歴史的仮名遣いは, 中世以降「うづくまる」とも書かれたが, 名義抄などによって, 「うずくまる」が正しい〕

蹲踞

〔動詞「つくばう」の連用形から〕 茶庭などに据える手水(チヨウズ)鉢。 つくばって使うように鉢を低く構え, 左右に湯桶(ユオケ)・灯火を置く湯桶石・手燭(テシヨク)石を配し, 使い手の乗る前石を据えるのが定式。 茶室では心身の塵を払うものとして重視する。 据え方により立ち使いの形式もある。

箕踞

両足を投げ出して座ること。 その形が箕(ミ)に似ているのでいう。

蹲踞

〔「こ」は呉音〕 「そんきょ(蹲踞){(1)}」に同じ。 「机辺(ツクエノホトリ)に~してから/浮雲(四迷)」

蟠踞

〔とぐろを巻いてうずくまる意から〕 (1)しっかりと根を張って動かないこと。 「老松の~する辺/日光山の奥(花袋)」 (2)広い土地に勢力を張って, そこを動かないこと。 「辺境に~する」「異分子の…政府部内に~するあれば/文学史骨(透谷)」

盤踞

〔とぐろを巻いてうずくまる意から〕 (1)しっかりと根を張って動かないこと。 「老松の~する辺/日光山の奥(花袋)」 (2)広い土地に勢力を張って, そこを動かないこと。 「辺境に~する」「異分子の…政府部内に~するあれば/文学史骨(透谷)」

蹲踞

(1)うずくまること。 そんこ。 「会民は堂外にまで溢れて其の近傍なる公園中に~する者も少からず/経国美談(竜渓)」 (2)相撲や剣道で, つま先立ちで深く腰をおろし, 膝(ヒザ)を十分に開いて上体を正し重心を安定させる基本姿勢。 (3)貴人の通行するとき, 両膝を折ってうずくまり頭を垂れて行なった礼。 また後世, 貴人の面前を通るとき, 膝と手とを座につけて会釈すること。

踞尾村

踞尾村(つくのむら)は、かつて和泉国・大阪府にあった村である。現在の堺市西区の一部に相当する。 踞尾の地名は、神功皇后が三韓征伐の際にこの地に立ち寄り、人々がひれ伏した(踞る<うずくまる>)という逸話に由来する。 安土桃山時代から蔵入地と寺領があり、江戸時代も幕府領・旗本知行所・寺領に分かれていた

踞尾八幡神社

[脚注の使い方] 注釈 ^ a b 踞う(つくまう):体全体を丸くしてしゃがむ。ここでは神功皇后が踞ったとの意味である。ただし、ひれふす(平伏する)という意味もあるため、神功皇后に、付近の人々がひれふした(平伏した)という意味とする説もある。 ^ 八嶋は、場所が不明だが、後述するが、香川県の屋島の可能性がある。 脚注

祇園南海

る。また、紀州藩に仕え、野呂介石、桑山玉洲とともに紀州三大南画家と呼ばれている。名を与一郎、正卿、瑜とし、字は白玉、号は南海のほか、蓬莱、鉄冠道人、箕踞人、湘雲、信天翁、観雷亭など。通称は余一と呼ばれた。本姓が源であることから、中国風に修して源瑜、阮瑜と称した。

兎児爺

俗に「兔儿爷」は「女性に囲われた美少年」を指す。 紀坤(明代・1636年前後)『花王閣剰稿』:「京中秋節多以泥摶兔形,衣冠踞坐如人状,兒女祀而拜之。」 『北京歳華記』(明代):「市中以黄土博成,曰兔兒爺,著花袍,高有二三尺者。」 清末徐柯『清稗類鈔・時令類』:「中秋日,京師

患者自動車

枠台に載せたもの、腰掛け臥床兼用のものなどがある。臥床、腰掛けには羽根布団を敷くことができる。搭載力は大型は横臥で4名、踞座のみで6~8名で、小型は横臥1名と踞座2名、または踞座のみで4名で、大型、小型ともに若干の護送者を同乗させることができる。 戦時は主として大型を用い、戦地の地形、道路の関係上

細川元治

細川 元治(ほそかわ もとはる)は、室町時代後期から戦国時代にかけての武将。官途名は玄蕃頭。法号は箕踞軒一雲。元治の官途名より元治の系統は玄蕃頭家とも称された。 細川遠州家(上野氏)の細川持益の次男として誕生。初名は元氏。 文明18年(1486年)12月、祠堂銭200貫文の返済を巡って相国寺恵林院と

淡路国分寺

飛天坐像(彫刻) 平安時代後期の作。像高53.7センチメートル。仏像光背または壁面に飾られた飛天光背の像で、背面は扁平とする。右膝を立て左膝を下げた蹲踞坐で、両腕は失われているが、楽器演奏か舞の姿を表したと推測される。また焼損痕が認められる(平安時代後期以降の建物焼失を示唆)。1971年(昭和46年)4月1日指定。

患者列車

患者列車(かんじゃれっしゃ)は、大日本帝国で、戦時、主として踞座することが可能な軽症患者の輸送に用いられた列車である。 傷病者が輸送される軍用列車には、病院列車と患者列車とがあった。 患者列車は、状況によっては必要な設備が設けられて重症患者の輸送に用いられた。 客車が多いが、ときには藁蒲団、枕、毛布などが用意されて有蓋貨車が用いられた。

常世岐姫神社

称よりも旧名称のほうが知られており、地図や看板・社頭の石標・八尾市教育委員会の説明標にも八王子神社と記されている。 常世岐姫命を祀る。 祭神は当地に蟠踞した常世氏がその祖神を祀ったものと考えられるが、現在は安産の神として知られている。 当地は古代に帰化したと思われる染色技術者集団(品部)の赤染部(あ

御所神社 (つるぎ町)

御所神社(ごしょじんじゃ)は、徳島県美馬郡つるぎ町に鎮座する神社。 創建は不詳。旧貞光町の山間部、御所平と呼ばれる場所に鎮座。当地に蟠踞した忌部氏の後裔氏族、三木氏(みき)が奉斎したもので、同氏が式内名神大社の忌部神社を分祀したものではないかと考えられている。

華僑路街道

番号 社区名 番号 社区名 01 慈悲社社区 05 広州路社区 02 石頭城社区 06 五台山社区 03 清涼山社区 07 竜蟠里社区 04 虎踞関社区