日本新聞: 日本の「情」と「法」の考え方

これは、終戦後しゅうせんご間まもないころ、友人ゆうじんから聞きいた話はなしである。彼かれは、だいたいが慎重しんちょうな運転うんてんをする男おとこだったが、ある日ひのこと、横丁よこちょうから突然とつぜん、そば屋やの青年せいねんが自転車じてんしゃで飛とび出だしてきて、彼かれの自動車じどうしゃと衝突しょうとつしてしまった。幸さいわい青年せいねんにケガはなかったが、自転車じてんしゃはメチャメチャ。さっそくおおぜいの人垣ひとがきができ、警察官けいさつかんもやってきた。友人ゆうじんが、「私わたしには責任せきにんはない。その青年せいねんの不注意ふちゅういだ」と主張しゅちょうすると、その話はなしを聞きいた警察官けいさつかんは、とにかく五千円ごせんえん払はらえば立たち去さってもよい、と言いったという。友人ゆうじんが、「ちょっと待まってください。私わたしには落度おちどがないのに、なぜ罰金ばっきんを……」と問とい返かえすと、彼かれは「いや罰金ばっきんじゃない。青年せいねんがかわいそうじゃありませんか」と答こたえた。その青年せいねんはおそらく店みせにいられなくなるだろう、だからせめてメチャメチャになった自転車じてんしゃの代金だいきんの一部いちぶだけでも、と警察官けいさつかんは考かんがえたのだろう。悪わるくすると、これは大おおきなトラブルになりかねない。友人ゆうじんは根ねが日本にほんびいきで、日本語にほんごも日本人にほんじん的心情しんじょうも理解りかいしていたから、それ以上いじょうの論争ろんそうにはならなかったが、どちらがよいか悪わるいかの問題もんだいではなく、西洋せいようと日本にほんでは、法ほうや正義せいぎに対たいする考かんがえ方かたが、全まったく違ちがうことがわかる。この警察官けいさつかんの考かんがえ方かたの中なかには、正義せいぎとか法ほうとかいう理念りねんよりも、きわめて日本にほん的な情なさけや情じょうといったものが深ふかく入はいり込こんでいたのである。これは、実じつに人間味にんげんみのある態度たいど、考かんがえ方かたで、友人ゆうじんの話はなしを聞きいた私わたしは大おおいに感動かんどうした。理屈りくつや理性りせいだけで判断はんだんを下くだすのではなく、その前後ぜんごの事情じじょうや個々ここの状況じょうきょうを参考さんこうにして、より人情味にんじょうみにあふれる決定けっていを下くだすというのは、まさに人道的じんどうてきだと思おもう。西洋せいよう的な法ほうの観念かんねんに慣ならされた者ものが、このような日本にほん的心情しんじょうを理解りかいするのは、かなりむずかしいことであるが、こういった不合理ふごうりな部分ぶぶんが許ゆるされるからこそ、日本にほんは世界せかいでも珍めずらしく住すみよい、人間にんげんのふれ合あいのある国くにでいられるのではないだろうか。これらは、日本人にほんじんが、みずからの長所ちょうしょとして、もっと自覚じかくし、誇ほこりを持もってよいことである。しかし同時どうじに、こういった情じょうは、なんとも定義ていぎしにくいものであり、客観的きゃっかんてきな法ほうの理念りねんの中なかに入いれることは、なかなかむずかしい。そして、もしそれを許ゆるすなら、しまいには人権じんけんを守まもることさえできなくなってしまう。
ヨゼフヨゼフ・ロゲンドルフロゲンドルフ「ニッポンの大学生だいがくせい」主婦しゅふの友社ともしゃによる

日本にほんの「情じょう」と「法ほう」の考かんがえ方かた

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