4人の男の子の母親でもある黒田さん。
今回の研究テーマは、初めての子どもを育てたときの苦労が出発点になっているといいます。
黒田さんは、効果を直感や通説ではなく、科学的に示すことができれば、子育てに悩む親たちの役に立てると考えました。 「自分には正しいと思える方法でも、ほかの親には正しいかわからないし、そもそも効果があるというのも思い込みかもしれない。それならば、何が赤ちゃんの寝かしつけに効果のある方法なのか、確からしい事実を科学的に調べてみようと思いました。どの親も1人目のときの育児は大変なので」。
初めての子どもとなった長男の子育て経験から、赤ちゃんが泣きやむのには「だっこ歩き」が効果的ではないかと漠然と感じていましたが、研究室でのふとしたことをきっかけに、謎に迫る着想を得ました。
その後、黒田さんは赤ちゃんが「だっこ歩き」などで運ばれているときにおとなしくなる現象を発見し、9年前に「輸送反応」と名付けて発表しました。
野生動物の子どもは外敵が迫っているときに親にくわえられるなどして運ばれることが多くあるため、おとなしくして危険を高めることがないように身につけた本能ではないかと黒田さんは考えています。 「だっこ歩き」に効果があることがわかった黒田さん。 さらに、赤ちゃんが泣きやむには、どういう条件のもとで行えば効果的なのか、状況や時間を変えて調べてみることにしました。
「輸送反応」を調べる実験と並行して10年余り前にスタートしました。 実験では生後7か月以下の赤ちゃんとその母親21組に ▽「だっこして歩く」、 ▽「ベビーカーに乗せて動かす」、 ▽「だっこして座る」、 ▽「ベッドに寝かせる」という4種類の動作を組み合わせて数十分間行ってもらいます。 30秒単位で動作を記録し、泣いているかどうかなどそのときの赤ちゃんの状態を観察して、それぞれの動作が泣くことや眠ることに与える影響を調べました。
「次男を妊娠していたときから赤ちゃんの心電図をとる機器を買って使い方を練習し、生まれたらすぐに実験ができるように準備をしていました。研究成果はわが子の助けなくしては導き出せなかったと思っています」。
三男ははじめは泣いていましたが、黒田さんが「だっこ歩き」を続けると、次第に泣きやみます。 黒田さんたちの実験の結果、赤ちゃんが泣きやむのに効果があったのは、 ▽「だっこして歩く」と ▽「ベビーカーに乗せて動かす」という2つの動作でした。 一方で、 ▽「だっこして座る」と ▽「ベッドに寝かせる」という2つの動作では、ほとんど効果はみられなかったということです。 実験の結果、黒田さんは、赤ちゃんが泣きやむのに効果があったのは「運ばれていること」だと確信を強めました。 しかし、泣きやんだとしても、親には「寝かしつけ」というもう一つの壁が立ちはだかります。 せっかく泣きやんだ赤ちゃんは、どうすればスムーズに眠るのでしょうか。
前の実験のなかで激しく泣いていた赤ちゃん11人に注目して、より詳しく調べました。 すると、それぞれの母親が5分間「だっこ歩き」を続けていたときは、赤ちゃんは11人全員が泣き止み、このうち5人は眠ったということです。 黒田さんは、実験の結果を発表した論文では、7か月の赤ちゃんまでのデータでまとめていますが、実際にはもう少し大きくなった赤ちゃんでも実験はしていて、効果は期待できるといいます。 一方で、実験では正確なデータが取れなかった生後1か月以内の赤ちゃんや、体に心配がある赤ちゃんには行わないでほしいと話しています。 そのうえで、重要なコツは、よけいなことを考えずに「だっこ歩き」を続けることだとアドバイスします。
「背中スイッチ」とも呼ばれているこの現象。 まさに背中にスイッチが付いているかのようで、スイッチがオンになったら、寝かしつけは1からやり直さなければなりません。 今回の実験でも、いったん眠った赤ちゃんをベッドに寝かせると、およそ3分の1が起きてしまいました。 ここで研究は終われない。 黒田さんたちは、起きてしまった赤ちゃんと、起きなかった赤ちゃんに、どのような違いがあったかを調べました。
また、眠り続けた赤ちゃんのうち、ベッドに寝かされる前に眠っていた時間が5分に満たない赤ちゃんは、途中で目を開けるなど起きそうになる様子が確認されたということです。 ベッドに寝かされる前にどのくらいの時間眠っていたのかが、寝かしつけの成功に影響を与えることがわかったのです。 黒田さんは、赤ちゃんが「だっこ歩き」で眠ったあと、5分から8分程度だっこを続けてからベッドに寝かせると、目を覚ましにくくなるのではないかと考えています。 「5分間の『だっこ歩き』で赤ちゃんが眠ってくれたら、すぐにベッドに寝かせたい気持ちをグッとこらえてください。ベッドに寝かせる前にいすやベッドに座るなどして5分から8分を目安に待ちましょう。そうすると、赤ちゃんの眠りがより深い段階に入るので、寝かせたときに少し目覚めかけても、眠りに戻ってくれることが多くなります」。
そして、赤ちゃんをベッドにそっと下ろしたり、素早く下ろしたりして速さを変えてみたほか、最初にベッドに体が触れる部分を頭からにしたり、お尻からにしたりして目を覚ましにくい寝かせ方を探りました。
赤ちゃんの心拍数が増えて目覚めやすくなるのは、背中がベッドにつくときではなく、それより前の赤ちゃんのおなかが親から離れ始めるときだったのです。 赤ちゃんは寝ているように見えても、親の微妙な行動の変化を常に敏感に感じ取っているといいます。 霊長類の赤ちゃんは常に親の体にしがみついているため、ヒトの赤ちゃんもおなかが親から離れると、落下の危険を感じて目が覚めてしまうのではないかと黒田さんは考えています。 「背中スイッチ」の“通説”は覆り、さらに赤ちゃんを起こしにくい寝かし方も科学が明らかにしてくれました。 「『背中スイッチ』を科学的に調べたら、実はスイッチがあるのは親と接しているおなかで、赤ちゃんは『分離センサー』を持っていると言えるのかもしれません。赤ちゃんをベッドに寝かせるときは、この『分離センサー』が働かないように、手で下ろすのではなく、おなかを密着させながら、自分の体ごと下ろすようにするのがお勧めです」。
まだ最終的な結果は出ていませんが、人見知りになる前の赤ちゃんには母親以外の人でも十分な効果が伺われるデータが出ているということで、黒田さんは「ぜひ父親に試してもらい、効果を確かめてもらいたい」と話しています。
【1】同じペースで淡々と5分間の「だっこ歩き」。 【2】眠ったと思っても、さらに座るなどして5分から8分程度だっこを続ける。 【3】ベッドに寝かせるときは、おなかを密着しながら自分の体ごと下ろす。
スマートウォッチなどで赤ちゃんの心拍を測って、そのときの睡眠の状態を予測し、寝かしつけに最適な行動を親にアドバイスしようというのです。 黒田さんが見据えるのは、新たな科学の技術を使って育児が楽しくなる未来です。
もしかして…運ぶとおとなしくなる?
わが子も実験に参加 だっこしたりベビーカーに乗せてみたり…
泣きやむには「運ばれていること」が重要
寝かしつけのコツは“よけいなことは考えず5分間のだっこ歩き”
まだ”背中スイッチ現象”がある ここで研究は終われない
「背中スイッチ」 ポイントは背中じゃなかった!
母親でも父親でも血縁関係がない人でも効果があるかも!?
科学的な寝かしつけの“コツ” おさらい
科学で育児が楽しくなる未来