女子57キロ級は、伊調選手が全日本選手権を制した一方、全日本選抜選手権はリオデジャネイロ大会63キロ級の金メダリスト川井選手が優勝したため、6日、埼玉県和光市で伊調選手と川井選手の代表決定戦が行われました。
試合は両者ともに技が決まらず、互いに警告によるポイントで1対1の同点のまま終盤に入りました。
試合が動いたのは残り1分、伊調選手のタックルをかわした川井選手が相手の体を回転させて2ポイントを奪い、直後に伊調選手が返し技で相手のバックを取って1ポイントを返しました。
これで川井選手が3対2とリードしました。
それでも伊調選手は諦めず、残り10秒を切ってからタックルで相手の足を取り、場外への押し出しによる1ポイントを獲得しました。
試合は、3対3で並んで終了しましたが、伊調選手が1ポイントずつ奪ったのに対して川井選手は1つの攻撃で2ポイントを獲得したため、ビッグポイントと呼ばれる「得点価値の高さ」で伊調選手が敗れて世界選手権の出場を逃し、川井選手がこの階級の代表に決まりました。
世界選手権はことし9月にカザフスタンで行われ、3位以内に入れば東京オリンピックの代表に内定します。
川井選手は世界選手権を2連覇中で、多くの関係者がことしも3位以内に入る可能性が高いと見ていて、伊調選手のこの階級でのオリンピック出場は厳しい状況となりました。
伊調選手は世界選手権の出場を逃したことについて「悔しい気持ちですが、ここまでやるべきことをやって準備してきたので後悔はない。自分が弱かったとは言いたくないが、きょうは川井選手が強かった」と試合を振り返りました。
東京オリンピック出場が厳しくなったことについて「あとは世界選手権の結果を待つ立場なので、そこがいちばん悔しい。自分で勝ちとって東京オリンピックの舞台に立ちたかった」と話しました。
そのうえで「復帰を決めてここまでやってきて、2年のブランクを埋める難しさとやりがいがあった。オリンピック5連覇は並大抵のことでは無理だと実感した。そこに挑戦できたことは、これからのレスリング人生に貴重な経験にはなった。後悔はないので、その気持ちを今後も持ち続けて選手として、指導者としてレスリングに携わっていきたい」と話しました。
川井選手は女子57キロ級で世界選手権の出場を決めた試合を振り返り、「勝ててよかったです。伊調選手は前回の試合とは違った形でくると思っていたし、自分も3週間、しっかりと考えてやってきた。思い描いていた作戦はあまりできなかったが、結果として、ふだんやっていた練習が自然と出たのでよかった」と話しました。
相手の伊調選手については「私が小学生の時に女子レスリングがオリンピックで始まり目指すようになってから、ずっといた選手で、リオデジャネイロオリンピックの時は、本当に勝ちたくて、ずっと58キロ級でやっていたが勝てなくて、階級を変更した時の悔しさは、時間がたっても変わらない。伊調選手に敗れた去年12月に競技を1回辞めようと思って家族とも相談したのですが、辞めなくてよかったです」と目に涙を浮かべながら話しました。
川井梨紗子選手とは
世界選手権女子57キロ級の代表に決まった川井選手は、石川県津幡町出身の24歳。攻撃的なレスリングが最大の持ち味で、特に組み手争いの強さは世界トップクラスです。
両親がレスリングの選手で、小学2年生の時、母親がコーチを務める地元のクラブでレスリングを始め愛知県にある強豪の至学館大学でオリンピック3連覇の吉田沙保里さんなどとともに技を磨きました。
初めて出場した2016年のリオデジャネイロオリンピックでは、女子63キロ級で金メダルを獲得し、2017年から去年にかけては、世界選手権を2連覇して、新たな日本のエースとして安定した強さを発揮してきました。
妹の友香子選手も62キロ級で東京オリンピックを目指していることから、みずからは57キロ級に階級を変え、去年復帰した伊調選手としれつな代表争いを繰り広げてきました。
東京オリンピック代表選考レースの皮切りとなる、去年12月の全日本選手権の1次リーグで伊調選手に勝ちましたが、決勝で敗れ優勝を逃しました。
その悔しさから「攻め抜くこと」をテーマに練習を重ね、6月の全日本選抜選手権と、6日の代表決定戦で伊調選手に連勝して、世界選手権の代表の座をつかみ取り、オリンピック2連覇と姉妹でのオリンピック出場という目標へ大きく前進しました。
五輪4連覇 伊調馨選手とは
伊調選手は、青森県八戸市出身の35歳。オリンピックで2つの銀メダルを獲得した千春さんが姉です。
3歳から地元のクラブで姉や兄とともにレスリングを始め、愛知県の強豪で当時の中京女子大学、今の至学館大学に進み、監督を務めていた栄和人氏に指導を受けながら2学年先輩の吉田沙保里さんなどとともに練習に励みました。
長い手足と懐の深さを生かしたディフェンスの強いレスリングが持ち味で、オリンピックでは、2004年のアテネ大会から2012年のロンドン大会まで63キロ級で、3連覇を果たしました。
そして2016年のリオデジャネイロ大会では58キロ級で金メダルを獲得し、女子の個人種目では夏冬を通じて初めてとなる4連覇の偉業を達成し国民栄誉賞を受賞しました。
世界選手権では、2015年までに合わせて10回出場してすべてで優勝し、吉田さんとともに日本の女子のレスリングをけん引してきました。
2連覇を達成した北京大会のあともさらにレスリングの幅を広げようと練習拠点を愛知から東京に移し、男子選手とのスパーリングにも取り組みました。
常に目先の勝敗よりも「理想のレスリング」ができるかどうかにこだわり、オリンピック4連覇を達成したあとですら「内容は『ダメダメ』。もっといい試合をしたかったという悔しい気持ちでいっぱいです。レスリング選手としては『出直してこい』という感じ」と厳しい自己評価は変わりませんでした。
「求道者」のようにレスリングの奥深さを追求し、高みを目指し続けてきました。
伊調選手 パワハラ問題も「レスリングをやりたい」
オリンピック4連覇を達成後、実戦から離れた伊調選手は、その後に表面化したパワーハラスメントの問題などに苦しみながらも復帰を選択し、東京オリンピック代表がかかる世界選手権を目指してきました。
去年1月、日本レスリング協会の強化の責任者だった栄和人元強化本部長が伊調選手やコーチにパワハラを行っているとして内閣府に告発状が送られました。
その3か月後、レスリング協会の第三者委員会は、栄氏が日本代表の合宿で伊調選手に対して「よく俺の前でレスリングできるな」と発言したり、男性コーチに対して世界選手権での宿泊先で「伊調選手の指導をするな」と発言したりするなど複数の行為がパワハラにあたると認定し、栄氏は強化本部長を辞任しました。
この問題をきっかけにスポーツ界では、相次いで選手へのパワハラや、競技団体のガバナンスをめぐる問題といった不祥事が明らかになり、国が競技団体に対して関与を強め新たな規範を定めるなど、レスリング界のみならずスポーツ界全体が改革に向けて動き出しています。
伊調選手は、そうした中、公の場に姿をほとんど見せていませんでしたが、去年4月ごろから都内の大学で練習を再開し、落ちていた基礎体力を少しずつ戻しながら復帰への検討を始めていました。
そして8月、レスリング協会の福田富昭会長が伊調選手に対して初めてパワハラに関する一連の問題を謝罪し、伊調選手はこの謝罪を受け入れるとともに復帰の意志を伝えました。
10月には、国内の大会で2年2か月ぶりに実戦に復帰。この際、伊調選手は、パワハラの問題に言及し「自分が本当はレスリングをしたいのではないかと周囲が気持ちを察して動いてくれたことでこういう形になった。復帰することが自分勝手なんじゃないかとか、わがままなんじゃないかとか、すごく葛藤し、苦しかった部分はある。しかし、やっぱりレスリングをやりたいなというのが正直な気持ちだった」と苦しんでいた胸の内を明かしていました。
そのほかの代表決定戦の結果
世界選手権の代表決定戦、男女合わせて5つの階級の結果です。
男子フリースタイル125キロ級では、荒木田進謙選手が山本泰輝選手に4対1で勝ち、男子フリースタイル74キロ級は、奥井眞生選手が藤波勇飛選手に5対4で勝ちました。
男子グレコローマンスタイル77キロ級は、屋比久翔平選手が小路直頌選手にテクニカルフォール勝ちしました。
男子フリースタイル65キロ級は、去年の世界選手権で優勝した乙黒拓斗選手がリオデジャネイロオリンピックで銀メダルを獲得した樋口黎選手に5対0で勝ちました。
女子50キロ級はことしのアジア選手権で優勝した入江ゆき選手が世界選手権を2連覇中の須崎優衣選手に6対1で勝ちました。
この結果、東京オリンピックで実施される18階級、すべての代表が出そろいました。