日本新聞: 【詳しく】プーチン大統領なぜ執着？キエフ・ルーシの歴史とは

ウクライナ侵攻しんこうに踏み切ふみきったプーチン大統領だいとうりょう。ウクライナを“兄弟きょうだい国家こっか”と呼よび「強つよい執着しゅうちゃく」があると指摘してきされています。そのよりどころとするのが、1000年ねん前まえにあった「キエフ・ルーシ」と呼よばれる国くにの存在そんざいです。

いったい、どういう国くになのか。元もと駐ちゅうウクライナ大使たいしで『物語ものがたりウクライナの歴史れきし』の著者ちょしゃの黒川くろかわ祐次ゆうじさんに、キエフ・ルーシの歴史れきしについて話はなしを聞ききました。

プーチン大統領だいとうりょうがこだわる「キエフ・ルーシ」とは？

《以下いか、黒川くろかわさん》

キエフ・ルーシは9世紀せいき末まつから13世紀せいきにかけて、今いまのウクライナやロシアなどにまたがる地域ちいきにあった国くにです。

「キエフ大公たいこう」と呼よばれる君主くんしゅが支配しはいし、最盛さいせい期きはヨーロッパ最大さいだいの版図はんとを誇ほこった大国たいこくだったと言いわれています。

その中心ちゅうしん的てきな都市としだったのが、今いまのウクライナの首都しゅとキーウ（キエフ）でした。

そもそもキエフ・ルーシの成り立なりたちは？

キエフ・ルーシを形成けいせいしたのは東ひがしスラブ人じんです。スラブ人じんは、ラテン、ゲルマンとともにヨーロッパを構成こうせいする三さん大だい民族みんぞくのうちの1つですね。

12世紀せいきに編へんさんされた『原初げんしょ年代ねんだい記き』という歴史れきし書しょの伝説でんせつによると、東ひがしスラブ人じんのポリャーネ氏族しぞくの3兄弟きょうだい、キー、シチェク、ホリフとその妹いもうとが町まちをつくって、一番いちばん上じょうの兄あにの名なを取とってキーウ（キエフ）と名付なづけたそうです。これが今いまのウクライナの首都しゅとにもなっているキーウの始はじまりだとされています。

その後そのご、実質じっしつ的てきに国くにを作つくったのは北欧ほくおうから海うみを渡わたってきたバイキングで、オレフ（ロシア語ご名めいオレーグ）という人物じんぶつが創始そうし者しゃでした。882年ねんにキエフ公おおやけとなったオレフは首都しゅとをキーウに移うつしキエフ・ルーシを建国けんこくしました。

栄さかえたのはいつ？

最盛さいせい期きを築きずいたとされるのは2人にんの君主くんしゅです。

まず、キエフ大公たいこうの「ヴォロディーミル」（在位ざいい978～1015・ロシア語ご名めいウラジーミル）は、公国こうこくをヨーロッパ最大さいだいの版図はんとを持もつ国くににまで拡大かくだいしたとされています。キリスト教きょうを国教こっきょう化かしたことから「聖ひじり公こう」とも呼よばれるほどです。

また、ヴォロディーミルの息子むすこの「ヤロスラフ」（在位ざいい1019～1054）は内政ないせいや外交がいこうに優すぐれた才能さいのうを発揮はっきし「賢けん公おおやけ」とも呼よばれた存在そんざいです。現在げんざいは世界せかい文化ぶんか遺産いさんにも登録とうろくされている聖きよしソフィア大だい聖堂せいどうを建設けんせつしました。

どうして栄さかえたの？

キエフ・ルーシがヨーロッパ有数ゆうすうの大国たいこくとなったのは、活発かっぱつな貿易ぼうえきと商業しょうぎょうの発達はったつが関係かんけいしています。中世ちゅうせいのヨーロッパは圧倒的あっとうてきに農村のうそん社会しゃかいで、王侯おうこうや貴族きぞくたちは商業しょうぎょうを低ひくくみていたのに対にたいし、キエフ・ルーシは商業しょうぎょうを重視じゅうしして富とみを得えていたと考かんがえられます。

例たとえば、12世紀せいきまでにフランスに運はこばれた絹きぬ織物おりものは「ルーシ物ぶつ」と呼よばれるほどで、貿易ぼうえきが盛さかんでした。これに伴ともない都市としも発達はったつし、領土りょうどの全ぜん人口じんこうの13％から15％ほどが都市としに住すんでいたと推計すいけいされています。

なぜキリスト教きりすときょうを取り入とりいれたの？

かつてキエフ・ルーシはアニミズム的てきな多神教たしんきょうが支配しはい的てきだったとされています。しかし、国くにの規模きぼが大おおきくなる中なか、キエフ大公たいこうの統治とうちを正当せいとう化かし結束けっそくを強つよめるのに、一神教いっしんきょうは都合つごうがよかったのでしょう。

また、キリスト教きょう国こくとなることで、ビザンツ帝国ていこくを中心ちゅうしんとした「文明ぶんめい国こくの共同きょうどう体たい」の一員いちいんに認みとめられ、ヨーロッパ各国かっこくとの婚姻こんいん政策せいさくなどの外交がいこう面めんでも役に立やくにたっていたと考かんがえられます。

“栄光えいこうの国くに”がなぜ滅ほろんだ？

最終さいしゅう的てきな要因よういんは、13世紀せいきにユーラシア大陸たいりくで猛威もういを振ふるっていたモンゴルの侵攻しんこうだと言いわれています。ただそれ以前いぜんにキエフ・ルーシは衰退すいたい過程かていに入はいっていたようです。

まず国くにの内部ないぶで制度せいどが変かわり、各地かくちを治おさめる地方ちほうの貴族きぞくが力ちからを持もち始はじめ、バラバラに動うごくようになった結果けっか、公国こうこく全体ぜんたいの君主くんしゅ「大公たいこう」の力ちからは低下ていかしていったと考かんがえられます。

またヨーロッパやその周辺しゅうへんの勢力せいりょく図ずが外部がいぶ要因よういんによって変化へんかすると、キーウを通過つうかする交易こうえき路ろの重要じゅうよう性せいが低下ていかし、国くにの繁栄はんえいをもたらしていた経済けいざいの停滞ていたいを招まねいたと推察すいさつされます。

モンゴルの侵攻しんこうで1240年ねんに首都しゅとキーウが陥落かんらくすると、キエフ・ルーシは事実じじつ上じょう崩壊ほうかいします。オレフが建国けんこくしてからおよそ350年ねん後ごのことでした。

モスクワが力ちからを持もったのはなぜ？

これとは対照たいしょう的てきにモスクワは森林しんりん地帯ちたいで、交易こうえきによる収入しゅうにゅうもあまり見込みこめないことから、比較的ひかくてきモンゴル軍ぐんの攻撃こうげきを受うけにくかったことなどもあり、力ちからを蓄たくわえていきました。

こうしたことがキーウとモスクワの力ちから関係かんけいが逆転ぎゃくてんするターニングポイントになったと考かんがえられます。

キエフ・ルーシは崩壊ほうかい後ごはどうなったの？

ウクライナ側がわがキエフ・ルーシ崩壊ほうかい後ごの継承けいしょう国こくとしているのが「ハーリチ・ヴォルイニ公国こうこく」です。

この公国こうこくは、キエフ・ルーシ崩壊ほうかい後ごも1世紀せいきにわたって現在げんざいのウクライナの西部せいぶで栄さかえ、今いまの西部せいぶの主要しゅよう都市としのリビウもこのときに町まちが建設けんせつされています。

ウクライナの歴史れきし家かの1人にんは、ハーリチ・ヴォルイニ公国こうこくが今いまのウクライナの人口じんこうの9割わりが住すむ地域ちいきを支配しはいしていたとして「最初さいしょのウクライナ国家こっか」だとしています。

《ここまでが黒川くろかわさんの話はなしです》

プーチン大統領だいとうりょうの考かんがえは

では、こうしたキエフ・ルーシの歴史れきしをプーチン大統領だいとうりょうはどう考かんがえているのでしょうか？

去年きょねん7月つきの論文ろんぶんでは、ロシアとウクライナがともにキエフ・ルーシにルーツを持もつとして両国りょうこくは「兄弟きょうだい」であり「一ひとつの民族みんぞく」と主張しゅちょうしています。

この中なかでプーチン大統領だいとうりょうはロシアとウクライナは「精神せいしん的てき、人間にんげん的てき、文化ぶんか的てきなつながりは数すう百ひゃく年ねんにわたって築き上きずきあげられた」として、両りょう国民こくみんの一体いったい性せいを強調きょうちょうしています。その結び付むすびつきの始はじまりこそキエフ・ルーシであり、「ロシア人じん、ウクライナ人じん、ベラルーシ人じんは皆みな、かつてヨーロッパ最大さいだいの国家こっかであった古代こだいルーシの子孫しそん」と述のべています。

また論文ろんぶんでは、キエフ・ルーシは滅亡めつぼう後ご、モスクワを中心ちゅうしんとする東側ひがしがわとポーランド・リトアニアの支配しはい下かに置おかれた西側にしがわに分わかれたものの、17世紀せいきに「モスクワが再さい統一とういつの中心ちゅうしんとなって国家こっかとしての古代こだいルーシの伝統でんとうを受け継うけつぐことを定さだめた」とロシア側がわの正統せいとう性せいを強調きょうちょうしています。

「キエフ・ルーシは誰だれのものか」

一方いっぽうのウクライナ側がわはキエフ・ルーシをどう考かんがえているのでしょうか？

黒川くろかわさんはこう説明せつめいしています。

「さきほど指摘してきしたように、キエフ・ルーシは滅亡めつぼう後ご、西にしウクライナに栄さかえたハーリチ・ヴォルイニ公国こうこくに継承けいしょうされたという考かんがえがあります。『最初さいしょのウクライナ国家こっか』とも呼よばれるこの公国こうこくの系譜けいふが現在げんざいのウクライナまでつながるとされています。そのため、ウクライナ側がわは“自分じぶんたちこそキエフ・ルーシの正統せいとうな継承けいしょう者しゃだ”と主張しゅちょうするのです」

「したがって、ウクライナはロシアの一いち地方ちほうなどではなく、1000年ねん以上いじょう前まえからの栄光えいこうの歴史れきしを引き継ひきつぐ国くにだと。一方いっぽうのモスクワはこそキエフ・ルーシの一いち地方ちほう（東北とうほく地方ちほう）に過すぎず、民族みんぞくも言語げんごも違ちがい、ロシア帝国ていこくやソビエト連邦れんぽうに至いたっては非常ひじょうに強つよい中央ちゅうおう集権しゅうけん制せいでそのシステムは全まったく異ことなる、というのがウクライナ側がわの歴史れきしの考え方かんがえかたですね」

プーチン大統領だいとうりょうの主張しゅちょうには、他たの歴史れきし研究けんきゅう者しゃからも疑問ぎもんの声こえもあがっています。

ウクライナ史しに詳くわしい神戸こうべ学院がくいん大学だいがくの岡部おかべ芳彦よしひこ教授きょうじゅは「ウクライナ側がわから見みれば、ロシアのキエフ・ルーシ起源きげん説せつは16世紀せいきのモスクワ・ツァーリ国こくのイヴァン雷かみなり帝みかどの頃ころに唱となえられ始はじめたことで、その論理ろんりはいわば“後ご付つけ”です。ウクライナの歴史れきし家かが指摘してきするように、ロシアの起源きげんはキエフ・ルーシまでさかのぼるよりも、むしろ13世紀せいき後半こうはん以降いこうに成立せいりつしたモスクワ大公たいこう国こくが拡大かくだいしてできたと思おもわれる」と説明せつめいします。

そのうえで岡部おかべ教授きょうじゅは「ウクライナからみると“ロシアがルーシの名前なまえを盗ぬすんだ”というんです。プーチン大統領だいとうりょうは“キエフ・ルーシは自分じぶんたちの歴史れきしだから自分じぶんたちのものだ、だから起源きげんを取り返とりかえせ”というわけですが、それは起源きげんの論争ろんそうが侵略しんりゃくと拡大かくだいの理屈りくつに使つかわれているわけです。ウクライナ側がわからすると全まったく逆ぎゃくの解釈かいしゃくですので、当然とうぜん受け入うけいれられないということになります」と話はなしています。