広島市で
77人が
犠牲となった
土砂災害から
8月20日で
11年です。
8月20日是廣島市造成77人罹難的土石流災害發生11週年。
大きな
被害があった
安佐南区では、
亡くなった
人たちを
追悼する
催しが
未明から
開かれました。
在發生重大災害的安佐南區,從凌晨開始舉行了悼念逝者的活動。
2014年8月20日の
広島市の
土砂災害では
集中的な
豪雨によって
市内の
166か所で
土石流や
崖崩れが
発生し、
災害関連死を
含めて
77人が
亡くなりました。
在2014年8月20日廣島市的土石災害中,由於集中的豪雨,市內166處發生了土石流和山崩,包括與災害相關的死亡在內,共有77人喪生。
このうち
40人以上が
犠牲になった
安佐南区八木3丁目では、
自治会長とボランティアが
災害発生時刻に
近い
午前0時ごろから
追悼の
催しを
開き、
慰霊碑の
前に
およそ200個の
灯り
籠が
並べられました。
在安佐南區八木3丁目,這裡有超過40人罹難,自治會長與志工們在接近災害發生時間的凌晨0點左右舉辦了追悼活動,並在慰靈碑前擺放了約200個燈籠。
灯り
籠に
火がともされると「
8・
20」の
数字とともに、
地域の
住民などがつづった「
笑顔いっぱいの
楽しいまちにしたい」とか「
防災の
大切さを
次の
世代の
人々に
伝えていきたい」といった
メッセージが
浮かび
上がりました。
當燈籠點亮時,「8・20」的數字以及當地居民等人所寫下的訊息,例如「希望成為充滿笑容和歡樂的城市」或「想要將防災的重要性傳遞給下一代」等,都浮現在燈光之中。
訪れた
遺族は
亡くなった
家族の
写真を
慰霊碑の
前に
並べて
花や
線香を
手向けたあと、
黙とうの
合図で
静かに
手を
合わせていました。
探訪的遺族在慰靈碑前排放已故家人的照片,獻上鮮花和線香後,隨著默哀的信號,靜靜地雙手合十祈禱。
自治会長の
財原一夫さんは「
亡くなった
方と
一緒に
遊んだり、お
酒を
飲んだりしたことなどを
思い出しながら
祈りました。
自治會長財原一夫先生說:「我一邊回想著曾經和逝去的人一起遊玩、喝酒的點滴,一邊祈禱。」
災害の
際には
早めに
避難をして、
みんなで
連絡を
取り
合いながら
安全を
守っていきます」と
話していました。
在災害發生時要盡早避難,大家彼此保持聯絡,共同守護安全。
小学校に
献花台 遺族などが
追悼安佐南区の
小学校には
献花台が
設けられ、
遺族などが
亡くなった
人たちを
追悼しました。
被害が
大きかった
地域に
ある安佐南区の
梅林小学校には、
学区内で
亡くなった
68人の
犠牲者の
名前が
刻まれた
慰霊碑があり、
その前には
20日朝から
献花台が
設けられました。
在受災嚴重的安佐南區梅林小學,設有一座刻有學區內68名罹難者姓名的慰靈碑,20日早上起在碑前設置了獻花台。
訪れた
遺族や
地元の
人たちは、
花を
手向けて
手を
合わせるなどして
追悼していました。
前來悼念的遺族和當地居民,獻上鮮花並雙手合十,表達哀悼之意。
兄夫婦を
亡くしたという
88歳の
男性は「
兄の
家族とは
毎年正月には
集まって
楽しく
過ごしていました。
一位88歲的男性失去了哥哥和嫂子,他說:「我們每年新年時都會和哥哥的家人聚在一起,愉快地度過。」
毎年慰霊碑を
見ると、
当時のことを
思い出します。
残った
家族のことを
見守ってほしいと
心の
中で
兄に
伝えました」と
話していました。
献花台を
設置した、
地域の
自主防災組織の
松井憲さんは「
去年までの
10年間は
自分たちの
生活を
整えるのが
大変でしたが、
これからは
経験を
伝承して
学んでいけるよう
発信して
いく必要があります。
設置了獻花台的地區自主防災組織成員松井憲先生表示:「直到去年為止的十年間,我們都在努力整頓自己的生活,但今後有必要將經驗傳承下去,並持續發信讓大家學習。」
再び
犠牲者を
出さないようみんなで
勉強していますと、
亡くなった
人たちに
伝えていきたいです」と
話していました。
我們正在一起學習,以免再次出現犧牲者,我想把這份心意傳達給已經去世的人們。