裁判記録などによりますと、60代の男性は、2023年におよそ1億2000万円余りの投資詐欺の被害に遭い、一部の被害金が保管されていたベトナム人3人の3つの口座が「振り込め詐欺救済法」に基づき凍結されました。
男性の弁護士によりますと、3つの口座には合わせて2600万円余り残っていましたが、被害者とは関係のない都内の2つの会社が「3人に合わせて2600万円余りを貸している」として、東京地方裁判所などに強制執行を申し立て、3つの口座を差し押さえていました。
経緯に不審な点があったため、被害者側は「実態のない債権を偽装して違法な利益を得ようとしている」として、強制執行を止めるための裁判を起こしました。
すると、2つの会社のうち1社は、合わせて30万円分の債権について「ダミーだった」とうそを認めたということです。
NHKの取材に対し、この会社の担当者は、ほかの債権は正当だと主張したうえで、「強制執行に対して銀行が引き出しを拒否したので、ダミーの手続きを行った。迷惑をかけたなら申し訳ない」と話しています。
被害者の代理人を務める荒井哲朗弁護士は「男性は、被害の回復に向けて希望を抱いていたが、再び大きな不安にさいなまれている。ダミー債権は許されることではなく、裁判所や銀行の調査も必要だ」と話しています。
裁判所の手続きを悪用したとみられることから、最高裁判所は1月に調査を行い、同種の裁判が数件あることを把握したということで、全国の裁判所への情報共有を検討しています。
“凍結口座の差し押さえ” 裁判所の手続きを悪用
どのように裁判所の手続きを使って凍結口座を差し押さえたのでしょうか。
「強制執行」は、お金を貸した人など債権者の申し立てにより、裁判所が債務者の財産を強制的に差し押さえ、回収につなげる手続きで、申し立てには債権者だと証明する資料が必要となります。
その資料を得るため、会社は今回「支払い督促」という手続きを使いました。
「支払い督促」は、債権者が現金などの支払いを求めるための手続きで、簡易で迅速とされています。
簡裁は、債権者から提出された書面だけを見て、理由があると認めれば「支払い督促」を債務者に送ります。
一定期間内に債務者から異議があれば民事裁判に移りますが、異議がなく支払いもなければ最終的に強制執行が可能になります。
会社は、「ベトナム人3人にそれぞれ10万円の貸し付けがある」という、うその申し立てを東京簡易裁判所に行いました。
ベトナム人が国内にいない時期に書類を本人が受け取っていたなど、不審な点がありましたが、手続きがそのまま進められ、債権者を証明する資料が発行されました。
最高裁判所は「申し立ての段階では、支払い督促が架空請求かどうか裁判所には分からない」として、ホームページで注意を呼びかけています。
一方、被害者側の荒井哲朗弁護士は「仮に債務者になりすました別人が、裁判所から送られてくる書面を受け取り、何もしなければ手続きが完了する。今回は支払い督促の簡易さ、迅速さを逆手に取られた」と指摘しています。
弁護士「被害の回復できなくなる可能性がある」
荒井哲朗弁護士は、仮に詐欺グループがうその申し立てで強制執行をした場合、被害金の回収が難しくなる懸念があると指摘しています。
荒井弁護士は「例えば、詐欺グループは、凍結された口座にどのくらいの残高があるか、被害者よりも早く把握できる。支払い督促などを使って、いち早く強制執行をかければ凍結口座が差し押さえられ、資金が犯罪グループに流れて、被害の回復ができなくなる可能性がある」と話しています。