オオカミとむすめ

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Nov 18, 2024 16:11 22
Furigana
일본 신문

あるさむふゆばん巡礼姿じゅんれいすがた母娘ははむすめむら一夜いちや宿やどもとめてやってきました。ところがこのむらには「よそものむらめるな」というおきてがあり、だれひとりとして母娘ははむすめいえむかれようとはしませんでした。

最後さいごにやってきたいえのオババは、母娘ははむすめにおにぎりをわたし、「むらはずれの龍雲寺りゅううんじ(りゅううんじ)ならきっとめてくれるじゃろう」そういました。ところがてら和尚おしょう母娘ははむすめつめたく「よそものなどめられない」とてて、さっさとなかんでしまいました。

母娘ははむすめこおえるようなさむさのなか本堂ほんどうしたもぐみました。この母娘ははむすめ父親ちちおや先立さきだたれ、親類しんるいだまされて無一文むいちもんになり、秋田あきた親戚しんせきたよって巡礼じゅんれいしている途中とちゅうでした。翌朝よくあさ和尚おしょう本堂ほんどうしたのぞと、あわ母娘ははむすめ姿すがたどこにもありませんでした。

しばらくして、和尚おしょうとなりむら法事ほうじおそくなったかえみちおおかみおそわれてんでしまいました。さらにしばらくったころむらのマタギ(猟師りょうし熊平くまひらが、おおかみおそわれました。そのとき一人ひとり少女しょうじょおおかみせいし、熊平くまひらいのちからがらかえってきました。

またしばらくたったあるばん警鐘けいしょうがなりひびむらおおかみあらわれました。和尚おしょうころし、熊平くまひらおそったあの六頭ろくとうおおかみでした。おおかみいまにもおそいかからんとするとき、「五郎ごろうやめ!やまにおかえ」と一人ひとり少女しょうじょあられました。しかしおおかみねらっていた熊平くまひらたま少女しょうじょいてしまいました。

少女しょうじょは「このむらには、わたしたすけてくれた親切しんせつなオババがいるのよ…」そういっていきりました。このとき、村人むらびとはじめてこの少女しょうじょあのとき巡礼姿じゅんれいすがたむすめだったことをったのでした。

おおかみは、むすめ遺体いたいをひきずりがけうえっていくと、三日三晩みっかみばん遠吠とおぼかえし、そのままいしになってしまいました。それからというもの、月夜つきよばんには崖上がけじょういしからおおかみ遠吠とおぼこえるようになり、村人むらびと旅人たびびと親切しんせつにするようになったということです。

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