

追悼式は事件が起きた時刻の午前10時半すぎから始まり、はじめに全員で1分間の黙とうをささげました。
このあと八田社長があいさつし、「筆舌に尽くしがたい本当に悲しい事件です。犯人が憎いです。心からひとり1人の皆さんに哀悼の誠をささげます。みなさんとともにつくってきた数々の作品は、今も多くの方にご覧いただき、それが会社を支えてくれています。あなたたちを忘れることはありません。いつも心の支えです。どうぞ温かく見守ってください」と話しました。
そして最後に出席者ひとりひとりが祭壇に献花し、亡くなった36人に祈りをささげていました。
京都府宇治市の40代の男性は、「近くで用事があり、きょうは2年の命日だったので訪れました。将来有望な人が亡くなったのは悲しいですし、安らかに眠ってくださいと祈りました」と話していました。 また大阪・箕面市の40代の男性は、「事件から2年になりますが、悲しみは消えません。作品を見て元気づけてもらったので、遠くからでも『ありがとう』と伝えたくて来ました。これからも京アニを応援していきたいです」と話していました。
このうち京都府宇治市を舞台にしたアニメ、「響け!ユーフォニアム」に登場し、「聖地」として多くのファンが訪れているパンの販売店では、店主の中路義弘さんが事件が起きた時刻にあわせて、配信された動画を視聴しました。 中路さんは動画の呼びかけに応じて1分間の黙とうをささげたあと、遺族や同僚のスタッフの追悼のメッセージをじっと読んでいました。 中路さんは「2年たちますが、失われた日常に対する遺族の心情はとても胸に迫りました。動画を見て、みなさんがより良い作品を作ろうとしていることに感動しました。それを『響け!ユーフォニアム』の地元としても応援していきたいです」と話していました。
石田奈央美さんは、鮮やかな色づかいに定評がある京都アニメーションで、主に色彩の設計を担当していました。 奈央美さんの部屋には、制作に携わった作品のDVDやグッズが数多く残されていて、母親は、部屋に設けた仏壇に、好きだったお菓子などを供えて、娘をしのんでいます。 母親は「2年たったからといって、気持ちは変わりませんが、時間がたつほどいろいろなことを思い出します。したいことがまだたくさんあっただろうし、無念だったと思います。写真を整理していると、七五三など小さいときの写真が出てきて娘のことを思うと、涙が出てきます」と語りました。 その上で現場のスタジオ跡地がさら地のままとなっていることについて、母親は「1年も2年も跡地をどうするか決まっていないままですが、いつまでも結論をのばすのではなく、早くはっきりさせてほしい。大勢の人が亡くなっているので、ほかの場所ではなくあの場所に慰霊碑を建ててほしいです」と話していました。
高橋博行さん(当時48)は、京都アニメーションで長年、キャラクターが使う道具などを描く「小物設定」と呼ばれる仕事を担当してきました。 人気作の「けいおん!」や「響け!ユーフォニアム」では緻密な書き込みが必要とされる楽器の作画などを担当し、ファンの間では、京アニ作品に欠かせない存在として知られていました。 父親の喬造さんは、この2年間、毎日、博行さんのことを思いながら折り鶴を折り続けています。 喬造さんは「毎日思い出して、寂しさと会いたい気持ちがつのります。ふっと帰ってくるんじゃないか、電話がかかってくるんじゃないかと思うときがあります。かなわないと分かっていても、やっぱり2年前の7月18日の前に帰りたいです」と苦しい胸の内を語りました。 最近も博行さんが制作に関わった作品をテレビで見たということで、喬造さんは「もっと褒めてやったらよかったな、認めてやりたいなと、そういう気持ちを言葉で伝えてやりたかったなと思いますね」と話していました。 その上で「2度とこういう事件が起きないように、皆さんの記憶に残っていれば、100に1つくらいは気づくことがあるかもしれない」と話し、亡くなった人たちのことを忘れないでほしいと話していました。
事件から2年となり、取材に応じた父親の伸一さんは、「あっという間の2年で、半年ほど前から少しだけ生活が落ち着いてきたかなと感じています」と話しました。 その上で「どんなことを思い出しても、結局死んでしまったという感情につながってしまう。苦しかっただろうし、怖かっただろうしかわいそうだという思いがすぐに出てきてつらくなるので、ストップをかけてできるだけ思い出さないようにしています」と現在の心境を語りました。
池田晶子さん、本名、寺脇晶子さんは、人気アニメ「涼宮ハルヒの憂鬱」や「響け!ユーフォニアム」でキャラクターデザインを手がけるなど、数多くのキャラクターを生み出してきました。 事件のあと、池田さんの夫は子どもへの影響を考え取材を受けてきませんでしたが、事件から2年となり、妻の名前やこれまで取り組んできたことを残していきたいと考え、今回、初めて取材に応じました。 夫は「この2年間は1日1日を生きていくので精一杯で、時間的に早いとか遅いと感じる感覚すらなかった。子どもがまだ小さいので、いかに前向きに生きていくことを教えてあげられるかなと、本当にそれだけを思っています」と話しました。 晶子さんについては、「アニメに関して一切妥協はしないし、努力も欠かさない人だった。余った時間はみずからの画力をあげるために、いつもデッサンをしていました。アニメに関しては無邪気のひとことで、自分が描いた絵がホームページに載ったりすると『前からずっと描いていた絵だよ』と言って見せてくれました」と振り返りました。 その上で「妻のことを考えると無念だっただろうな、もっとアニメを描きたかっただろうなと思う。少しでも妻の思いや、作品だけじゃなくてアニメーターの待遇改善など日々考えていたことをみなさんに知ってもらいたい」と話していました。
ファン「安らかに眠ってください」
インターネットで追悼のための動画を配信
犠牲者 石田奈央美さんの母親「あの場所に慰霊碑を」
犠牲者 高橋博行さんの父親「毎日思い出して寂しさつのる」
犠牲者 津田幸恵さんの父親「あっという間の2年」
犠牲者 池田晶子さんの夫「妻の思い 知ってもらいたい」