難民認定を申請していた人物などによる襲撃事件が相次ぐ中、移民や難民に対して排他的な姿勢を掲げる右派政党が支持率で2位につけていて、どこまで勢力を伸ばすか関心を集めています。
ヨーロッパ最大の経済大国ドイツでは、ショルツ政権が2024年11月に崩壊したことを受けて、23日、議会選挙が行われます。
公共放送ZDFの最新の世論調査では最大野党で中道右派の「キリスト教民主・社会同盟」が28%で首位に立っていて、党の首相候補のメルツ氏が次の首相として有力視されています。
そして、移民や難民に排他的な姿勢を掲げ極右だとされる右派政党「ドイツのための選択肢」が21%と、2位につけています。
一方、ショルツ首相の与党で中道左派の「社会民主党」や連立を組む、気候変動対策を重視する「緑の党」は10%台半ばと、厳しい選挙戦となっています。
選挙戦最終日の22日、最大野党や与党など各党は、各地で有権者に支持を訴えました。
いずれの政党も単独で過半数を獲得するのは難しい情勢で、選挙では最大野党が第1党となり、連立政権の発足に向けた協議を主導する可能性が高いとみられます。
こうしたなか21日、首都ベルリンの中心部で、観光客の男性が刃物で首を切られて大けがをし、警察は、19歳のシリア難民の男を拘束し、殺人未遂などの疑いで詳しく調べています。
ドイツでは、難民認定を申請していた人物などによる襲撃事件が相次ぎ、「ドイツのための選択肢」は、移民政策への不満の受け皿となっていて、どこまで勢力を伸ばすか関心を集めています。
選挙戦最終日 最大野党のメルツ氏と与党のショルツ氏の訴えは
選挙戦最終日の22日、各党は集会を開き、有権者に支持を訴えました。このうち、中道右派の最大野党、「キリスト教民主・社会同盟」は南部ミュンヘンで集会を開き、首相候補のメルツ氏は、「あすの選挙はドイツにとって運命の選挙だ。わが国にとって根本的な決断が求められる」と述べました。
そのうえで、「ドイツが世界やヨーロッパで認められるためには、緊急時に国を守れる軍隊の組織が必要だ」と述べ、自国の防衛力の強化を訴えました。
さらに、連邦議会で1月、移民政策に関する決議案を極右だとされる右派政党の支持を得て可決させ、批判されていることを念頭に、「いかなる状況下であっても『ドイツのための選択肢』との交渉や、政権への参加を協議することはない」と述べ、選挙後のこの党との連立協議を行わないとして、支持者の理解を求めました。
一方、与党「社会民主党」のショルツ首相は、みずからの選挙区の東部ポツダムで集会を開きました。このなかでショルツ氏は、「ドイツ政治での長年の原則を今後も適用し続けるべきだ。極右との協力は一切あってはならない」と述べ、連邦議会での「キリスト教民主・社会同盟」の対応を厳しく批判しました。
そのうえで、「このようなことが二度と起こらないと確信したいのであれば、次の首相を担える強力な社会民主党が必要だ」と述べ、与党への投票を呼びかけました。
政権崩壊を受けての総選挙 争点は移民政策と経済政策に
今回の総選挙は去年11月のショルツ政権の崩壊を受けて行われます。
ショルツ政権は、中道左派の社会民主党、気候変動対策を重視する緑の党、企業寄りの政策を重視する自由民主党の3党からなる連立政権でした。しかし、互いの意見の違いが表面化して政治は停滞し、去年11月、財政政策を巡る対立から自由民主党が離脱して3党の枠組みが崩壊しました。
そして、ことし秋に予定されていた選挙を2月23日に前倒しして行うことが決まりました。選挙戦では、移民政策や経済政策が主な争点となりました。
ドイツでは、難民認定を申請していた人物などによる襲撃事件が相次いでいます。
ドイツは2015年に中東のシリアから大勢の人たちがヨーロッパに渡ってきたいわゆる難民危機で、メルケル前首相が寛容な姿勢を示し、100万人以上を受け入れました。
しかし、相次ぐ事件を受けてメルケル前首相が率いた「キリスト教民主・社会同盟」は移民政策の厳格化を訴えるようになり、1月29日には、政府に移民政策の厳格化を求める決議案を、移民や難民に排他的な姿勢を掲げ極右だとされる右派政党「ドイツのための選択肢」と協力して可決させました。
これに対して、極右勢力との協力というタブーが破られたとして大規模な抗議デモも起き、移民政策を巡って国内の分断も広がっています。
また、ドイツはヨーロッパ最大の経済大国ですが、GDP=国内総生産の伸び率が2024年まで2年連続でマイナスとなるなど低迷していて、各党は減税や投資の促進などそれぞれの政策を訴えてきました。
次期首相に有力視のフリードリヒ・メルツ氏とは
フリードリヒ・メルツ氏(69)は、最大野党の「キリスト教民主・社会同盟」の首相候補で、次期首相への就任が有力視されています。
メルツ氏は姉妹政党で連合を組むキリスト教民主同盟キリスト教社会同盟のうちキリスト教民主同盟の党首も務めています。
メルツ氏は、党内の権力争いでメルケル前首相に敗れいったんは政界から退き、2009年からは法律事務所に籍を置いて大企業に助言を行うなど、経験を重ねてきました。
その後、政界に復帰し、2021年からキリスト教民主同盟の党首を務めています。メルツ氏は2024年まで2年連続でマイナス成長に陥る経済の立て直しを優先すると訴えています。
また、難民認定を申請していた人物などによる殺傷事件が相次ぐ中、寛容な移民政策を厳格化する方針も示しています。
これに関連して1月下旬、政府に移民政策の厳格化を求める決議案を、与党が反対する中、移民や難民に排他的な姿勢を掲げ極右だとされる右派「ドイツのための選択肢」の支持を得て可決させました。
決議案の可決は、ナチスへの反省から極右の過激思想が強く警戒される第2次世界大戦後のドイツで、主要政党と極右勢力との協力というタブーを破ったして大規模な抗議デモにも発展し、首相として国民の融和を導けるか問われることになりそうです。
焦点は政権の連立協議の行方
ドイツの総選挙では、どの政党も単独で過半数を獲得することは難しく、新たな政権をつくる連立協議が焦点となります。
各党は極右だとされる右派の「ドイツのための選択肢」とは連立を拒否しているため、この党を除いた協議が行われる見通しです。
連立の枠組みとして取り沙汰されているのが最大野党で中道右派のキリスト教民主・社会同盟と、ショルツ首相の与党で中道左派の社会民主党の連立、またはキリスト教民主・社会同盟と緑の党との連立です。
「キリスト教民主・社会同盟」と「社会民主党」は、第2次世界大戦後、旧西ドイツの政権を担ってきた2大中道政党で、この2党の連立は「大連立」と呼ばれ、メルケル政権でも政治を安定させるため採用されました。
一方、「キリスト教民主・社会同盟」と「緑の党」が連立を組めば初めてとなります。
ただ、「社会民主党」と「緑の党」は、「キリスト教民主・社会同盟」が1月下旬、政府に移民政策の厳格化を求める決議案を、「ドイツのための選択肢」と協力して可決させたことを批判していて、協議が難航するという見方も出ています。
ドイツの連立協議は詳細な政策まで議論するために時間がかかり、投票から政権の発足までは2021年の選挙では73日、2017年は171日と、およそ半年近くかかりました。
ドイツの選挙制度「5%の壁」とは
ドイツの選挙制度では、小選挙区と比例代表があり、有権者は、比例代表は政党に、小選挙区は候補者にそれぞれ1票を投じます。
ただ、比例代表の全国での得票率が5%未満で、かつ小選挙区での当選者が3人未満の政党は議席を得ることができない、「阻止条項」が設けられています。
これは、かつて少数政党が乱立し、政権運営が不安定になったことがナチスの台頭を招いた教訓から、議席の獲得に一定のハードルが設けられ、第2次世界大戦後、旧西ドイツの選挙制度に取り入れられました。
最新の世論調査によりますと、主な政党のうち、前財務相のリントナー氏率いる自由民主党や左派のザーラ・ワーゲンクネヒト同盟は、いずれも5%未満です。
この2党が阻止条項によって議席を得られなかった場合、他の政党で議席を分け合う形となって獲得議席が上乗せされるため、多数派を作るための連立協議に影響を及ぼす可能性が指摘されています。
与党「社会民主党」とは
「社会民主党」は、ショルツ首相の所属する与党で、1863年に創設されたドイツで最も古い政党です。労働者階級を支持基盤とした中道左派の政党で、ナチス・ドイツ時代には弾圧され、解散に追い込まれましたが、戦後再建され、中道右派の「キリスト教民主・社会同盟」と2大政党の1つとしてドイツ政治を担ってきました。
1998年から2005年までは「社会民主党」のシュレーダー氏が政権を握ったあと、「キリスト教民主・社会同盟」と大連立を組み、メルケル政権を通算3期にわたって支えました。
その後、2021年の議会選挙で第1党となり、ショルツ政権が誕生しました。ショルツ政権は、社会民主党と緑の党、自由民主党の、3党による連立政権でしたが、財政政策を巡る意見の対立などで去年11月、崩壊しました。
今回の選挙では、ショルツ氏を首相候補として、インフラへの投資や、最低賃金の引き上げと富裕層への課税、ウクライナへの軍事支援の継続などを訴えています
最大野党「キリスト教民主・社会同盟」とは
中道右派の最大野党、「キリスト教民主・社会同盟」は第2次世界大戦後の旧西ドイツで設立された政党、キリスト教民主同盟と、南部バイエルン州を基盤とする政党、キリスト教社会同盟の連合で、「ユニオン=連合」とも呼ばれています。
キリスト教民主同盟は、旧西ドイツの初代首相を務めたアデナウアー氏、東西ドイツの統一に取り組んだコール元首相、それに2021年まで4期16年に渡って首相を務め強い指導力を発揮したメルケル前首相が所属し、ドイツの政治で中心的な役割を果たしてきました。
主な支持層は高齢者、それに都市部よりも地方部に多く、経済界からも支持を集めているとされています。
メルケル前首相のもとでは難民の受け入れで寛容な政策を示すなど、リベラル寄りの姿勢も目立ちましたが、今回の選挙戦で首相候補となっているフリードリヒ・メルツ氏のもとで移民政策の厳格化を求めるなど保守的な姿勢を強めています。
また、選挙戦では、所得税や法人税の減税、電気代の引き下げなどを通じて、低迷するドイツ経済を立て直すと訴えてきました。「キリスト教民主・社会同盟」は2021年の選挙では第2党となり政権入り出来ず、今回の選挙で4年ぶりとなる政権復帰を目指しています。
右派政党「ドイツのための選択肢」とは
右派政党「ドイツのための選択肢」は、2013年に設立されました。現在は、アリス・ワイデル氏とティノ・クルパラ氏が共同で党首を務めています。
2015年、中東シリアなどから多くの人がヨーロッパに逃れたいわゆる難民危機で、当時のメルケル政権が100万人以上を受け入れた寛容な対応への不満を背景に旧東ドイツの州を中心に支持を伸ばしてきました。
去年9月に行われた旧東ドイツのチューリンゲン州の議会選挙ではドイツの主要な選挙で初めて第1党となっています。移民や難民に対して排他的な主張を掲げていて、今回の選挙戦では、国境で難民の入国を拒否し、ドイツ国内に滞在する理由のない難民を送還する「再移住」が必要だと訴え、強硬な姿勢を示しています。
また、ウクライナへの軍事支援とロシアへの制裁に反対しているほか、再生エネルギーの拡大も停止しショルツ政権のもとで実現した脱原発を撤回すると訴えています。
ただ、一部の政治家がナチスを肯定するような発言を行い、ユダヤ人の大量虐殺ホロコーストの記憶の継承を批判してきたほか、国の情報機関はこの党の州支部についてイスラム教徒への差別をあおり、民主主義を軽視しているとして極右と認定し、監視対象としています。
このため、ドイツでは極右政党だとして警戒されています。
しかし、選挙戦では、アメリカのトランプ政権で要職を務める実業家のイーロン・マスク氏が繰り返し支持を表明したほか、バンス副大統領が今月、ドイツで開かれた国際会議でこの党との協力を拒むドイツの主要政党を批判し、ワイデル氏と会談するなど、異例の後押しを受けてきました。
「緑の党」とは
「緑の党」は、旧西ドイツ時代からの「緑の党」に、市民運動から生まれた旧東ドイツの「90年連合」が合併し、1993年に結成されました。
1998年から2005年までは中道左派の「社会民主党」と連立政権を組みシュレーダー政権のもとで、脱原発や風力発電の推進など環境政策を進めました。
その後、一時は支持率が低迷する時期もありましたが、2018年にスウェーデンの環境活動家、グレタ・トゥーンベリさんが気候変動対策を訴えた運動が後押しし、都市部や若者の間で支持が広がりました。
2021年の議会選挙にはいまの外相のベアボック氏を首相候補として臨み、15%近い得票率を獲得して第3党となり、ショルツ政権の連立与党として、社会民主党、自由民主党との連立政権を組みました。
また、人道主義や平和主義を重視し、ロシアや中国の人権問題などを批判する一方、ウクライナへの支援にも積極的です。今回の選挙では、ハーベック経済・気候保護相を首相候補に据え、選挙戦に臨みます。