シベリア抑留よくりゅう 帰還きかん直前ちょくぜんに記しるした6万まん人にん分ぶんの文書ぶんしょ ロシアに保管ほかん

文書ぶんしょの内容ないようは、当時とうじのソビエトを礼賛らいさんするようなものが多おおく、専門せんもん家かは、ソビエト側がわがアメリカとの冷戦れいせんも見据みすえて、反米はんべい的てきな勢力せいりょくを拡大かくだいさせたいねらいで書かかせたと指摘してきしています。

この文書ぶんしょは、ロシアの首都しゅとモスクワにある国立こくりつ公文こうぶん書しょ館かんで見みつかり、終戦しゅうせん直後ちょくごにシベリアに抑留よくりゅうされた日本人にっぽんじんのうち、およそ6万まん人にん分ぶんに上のぼるとみられます。

抑留よくりゅう者しゃが日本にっぽんへの帰還きかんを前まえに一時いちじ的てきに集あつめられた極東きょくとうナホトカの収容しゅうよう所しょで1946年ねんから1950年ねんにかけて書かいたとみられ、「感想かんそう文ぶん」などとして抑留よくりゅう生活せいかつを総括そうかつする内容ないようがそれぞれ1枚まいの紙かみにつづられています。

多おおくは「ソビエト社会しゃかいには民族みんぞく差別さべつはなかった」とか「一生いっしょうを通をつうじて忘わすれえない貴重きちょうな体験たいけんだった」などとソビエトの社会しゃかい主義しゅぎなどを礼賛らいさんする内容ないようとなっています。

当時とうじ、ソビエトは、抑留よくりゅうした日本人にっぽんじんに対にたいして社会しゃかい主義しゅぎ体制たいせいの意義いぎや反米はんべい的てきな思想しそうの教育きょういくを徹底てっていしていたとされ、今回こんかいの文書ぶんしょもその一環いっかんで書かかせたとみられます。

ソビエト側がわのねらいについて、シベリア抑留よくりゅうに詳くわしい富田とみた武たけし成蹊大せいけいだい学がく名誉めいよ教授きょうじゅは「当時とうじは冷戦れいせんで、ソビエトも日本にっぽんを味方みかたにつけたかった。日本にっぽんに帰かえったら共産きょうさん党とうを応援おうえんし日本にっぽんの中なかに反米はんべい的てき、または親しんソビエト的てきな人ひとを増ふやすのが最大さいだいの目的もくてきだった」と述のべ、ソビエト側がわには、アメリカとの冷戦れいせんも見据みすえて日本にっぽんに反米はんべい的てきな勢力せいりょくを少すこしでも拡大かくだいさせたいねらいがあったと指摘してきしています。

元もと抑留よくりゅう者しゃは

今回こんかい見みつかった大量たいりょうの文書ぶんしょの中なかには、東京とうきょうに住すむ石渡いしわた芳かおる穂みのるさん（99）のものもありました。

石渡いしわたさんは、昭和しょうわ17年ねんに旧きゅう日本にっぽん軍ぐんの兵士へいしとして満州まんしゅうに渡わたり、第だい2次じ世界せかい大戦たいせんの終結しゅうけつ直後ちょくごにはソビエト軍ぐんの捕虜ほりょとなりロシア極東きょくとうへ連行れんこうされました。

厳きびしい寒さむさの中なかで、飢うえに耐たえながら木きの伐採ばっさいやまき割わりなどの過酷かこくな労働ろうどうを強しいられる日々ひびを4年間ねんかん、過すごしました。

しかし、帰還きかんする前まえに抑留よくりゅう生活せいかつを総括そうかつするものとして書かかれたとされる「感想かんそう文ぶん」には、吹雪ふぶきの日ひにガリヤンという名前なまえの収容しゅうよう所しょのロシア人じん薬剤師やくざいしに頼たのまれてまきと石炭せきたんを届とどけた際さい、暖あたたかい部屋へやに招まねかれてパンやお菓子おかしなどをふるまってもらったというエピソードが書かかれていました。

そのうえで「資本しほん主義しゅぎやファシズム国家こっかではありえない世界せかいだ。社会しゃかい主義しゅぎ国家こっか、ソビエトのみができる民族みんぞく的てき差別さべつのない美うつくしい光景こうけいである」と、ソビエトを礼賛らいさんする内容ないようが記しるされています。

70年ねん以上いじょう前まえに書かかれた「感想かんそう文ぶん」を見みた石渡いしわたさんは、自分じぶんの字じであるか確信かくしんが持もてないとしながらも「確たしかにガリヤンという人ひとはいました。よく覚おぼえています。太ふとった方ほうでしっかりした方ほうです。うちに招まねかれて、ごはんをごちそうになったことも確たしかです」と当時とうじを振り返ふりかえっていました。

また、ソビエトの社会しゃかい主義しゅぎを礼賛らいさんする内容ないようについては、抑留よくりゅう中ちゅうにたびたび思想しそう教育きょういくを受うけていたことを明あかしたうえで「活動かつどう家かになればもっと早はやく帰かえれるんだって何なん回かいも聞きいた」と述のべ、当時とうじは早期そうきの帰還きかんを望のぞんでいただけで社会しゃかい主義しゅぎに共感きょうかんしていたわけではなかったとしています。

文書ぶんしょはナホトカの収容しゅうよう所しょで書かかれた

今回こんかい見みつかった文書ぶんしょは、日本海にほんかいに面めんするロシア極東きょくとうの港町みなとちょう、ナホトカにあった収容しゅうよう所しょで書かかれました。

ナホトカはシベリアに抑留よくりゅうされた日本人にっぽんじんが日本にっぽんに帰還きかんする際さいの中継ちゅうけい地点ちてんとなり60万まん人にんとも言いわれる抑留よくりゅう者しゃのうち、帰国きこくできた人ひとのほとんどはナホトカから出港しゅっこうした引き揚ひきあげ船せんに乗のって日本にっぽんへ帰還きかんしました。

ナホトカには強制きょうせい労働ろうどうのための収容しゅうよう所しょのほか、帰還きかんする際さいの中継ちゅうけい地点ちてんとして設もうけられた収容しゅうよう所しょがありましたが、今いまはそれらの建物たてものは残のこっておらず収容しゅうよう所しょで亡なくなった日本人にっぽんじん抑留よくりゅう者しゃのための慰霊いれい碑ひが丘おかの上うえに整備せいびされています。

収容しゅうよう所しょのあった地域ちいきに住すむ79歳さいのワレリー・チェルニコフさんは、引き揚ひきあげが行おこなわれていた1950年ねん当時とうじ、ナホトカにいた日本人にっぽんじん抑留よくりゅう者しゃの姿すがたを記憶きおくしています。

抑留よくりゅう者しゃは、港みなとで建設けんせつ作業さぎょうにあたっていたということで、「日本人にっぽんじんたちが何なん人にんかで重おもい石いしを運はこぶときのことをよく覚おぼえています。

『せいの、よいしょ』と声こえをかけていました」と話はなしていました。

日本人にっぽんじん抑留よくりゅう者しゃの中なかにはロシア語ごを話はなす人ひともいたということで、チェルニコフさんは「私わたしの母ははにパンやジャガイモをもらえないか頼たのんで、代かわりに工芸こうげい品ひんをくれる人ひともいました。

親切しんせつな印象いんしょうでした」と振り返ふりかえっていました。

専門せんもん家か「ソビエトも日本にっぽんを味方みかたにつけたかった」

シベリア抑留よくりゅうについて詳くわしい富田とみた武たけし成蹊大せいけいだい学がく名誉めいよ教授きょうじゅは抑留よくりゅう者しゃたちが日本にっぽんへ帰還きかんする前まえにソビエトが社会しゃかい主義しゅぎなどを礼賛らいさんする内容ないようの文書ぶんしょを書かかせたねらいについて「当時とうじは冷戦れいせんで、ソビエトも日本にっぽんを味方みかたにつけたかった。日本にっぽんに帰かえったら共産きょうさん党とうを応援おうえんし日本にっぽんの中なかに反米はんべい的てき、または親しんソビエト的てきな人ひとを増ふやす。これが最大さいだいの目的もくてきだ」と述のべ、ソビエト側がわは、アメリカとの冷戦れいせんも見据みすえて日本にっぽんに反米はんべい的てきな勢力せいりょくを少すこしでも拡大かくだいさせたいねらいがあったと分析ぶんせきしています。

しかし、抑留よくりゅう者しゃたちがソビエトを礼賛らいさんする内容ないようを書かいた真意しんいについては、日本にっぽんへの帰還きかん直前ちょくぜんに書かかれた文書ぶんしょであるため、「これを書かかないと帰かえるのが遅おくれる、よけいな抵抗ていこうをすると帰かえる順番じゅんばんが後回あとまわしになってしまうという計算けいさんも働はたらいた」と述のべ、必かならずしもソビエトの思惑おもわくどおりに社会しゃかい主義しゅぎなどに傾倒けいとうしていたわけではないと指摘してきしました。

また、文書ぶんしょの中なかには「実際じっさいにはつらい思おもいをしている時とき、ロシア人じんにちょっと助たすけてもらったりけがの手当てあてをしてもらったりした経験けいけんがある人ひともいて、それに対にたいする感謝かんしゃの気持きもちを書かいたケースもあった」とし、元もと抑留よくりゅう者しゃの平均へいきん年齢ねんれいが97歳さいとなり、当時とうじの状況じょうきょうについて調査ちょうさするのが極きわめて困難こんなんになる中なか、今回こんかい見みつかった文書ぶんしょは、当時とうじの抑留よくりゅう者しゃたちの心こころのありようを理解りかいするのに役立やくだつ資料しりょうだとしています。