今回、被害があった施設をデータで分析してみると、そのほとんどが洪水など災害のリスクが指摘されていた地域に立地していたことがわかりました。
しかも、“リスク地域” の施設の数は、年々増えていたのです。
いったい、何が起きていたのでしょうか?。
被害相次いだ高齢者施設 データで分析
今月の記録的な豪雨では、熊本県球磨村の特別養護老人ホーム「千寿園」で入所者14人が犠牲になるなど、九州など89の高齢者施設で浸水などの被害が出ました。
浸水被害にあった特別養護老人ホーム「千寿園」
高齢者施設は、老人ホームなど避難に支援が必要な、いわゆる “災害弱者” が暮らす施設です。
なぜ、これほど多くの施設が被害を受けたのでしょうか。
今回、熊本県と大分県、長崎県から、豪雨で被害を受けた合わせて33の施設の情報の提供を受け、洪水や土砂災害のハザードマップのデータと重ね合わせて検証しました。
33施設中32施設が“災害リスク地域”に
分析を進めると、ほとんどの施設で、被害が想定されていたことがわかりました。
まず、14人が犠牲になった「千寿園」。
ハザードマップの「浸水想定区域」と重ねると、球磨川の氾濫で、最大10メートルから20メートルの浸水が想定される地域にありました。
さらに「土砂災害警戒区域」の中にも入っていました。
特別養護老人ホーム「千寿園」周辺の洪水浸水想定区域
特別養護老人ホーム「千寿園」周辺の土砂災害警戒区域
分析の結果、「千寿園」を含め被災した33施設のうち、実に32施設が「浸水想定区域」や「土砂災害警戒区域」のエリア内に立地していたことがわかりました。
今回の被害は、その多くが想定されていたのです。
熊本県人吉市のハザードマップ(一部)
さらに、この32の施設について、開設された時期も調べてみると、半数の16施設がこの10年で新設され、3割近い9施設がこの5年で新設されていました。
今回、被害が発生した “リスク地域” では、高齢者施設が増え続けていたことがわかりました。
なぜ “災害リスク地域” に?
なぜ、災害のリスクのある地域に高齢者施設が増えているのでしょうか。
今回の豪雨で被災した熊本県八代市のグループホームに、話を聞くことができました。
7年前に開設したこの施設。
ハザードマップでは、最大3メートル以上の浸水が想定されていて、今回の豪雨では敷地の一部が浸水しました。
入所者およそ40人は無事でしたが、一時、全員が車で別の場所に避難しました。
浸水したグループホーム(熊本県八代市)
施設長の男性に話を聞くと、この場所に施設を建設するうえでの決め手は、国道に近いなど「立地の利便性」だったと言います。
一方で、浸水の想定は、あまり重要視していなかったと明かしました。
施設長の男性
「土地を選ぶ上で重要視していたのは、地域住民の方にとっての利便性、つまりアクセスのよさと、一定程度のスペースが確保できるかどうかでした。この数十年、この場所が浸水したことがなかったのもあって、大丈夫だろうと思っていました」
一方、今回、利用者に危険が及んだこともあり、最悪を想定して避難の準備をしておくことの重要性を痛感したといいます。
施設長の男性
「最悪の場合を想定して備えておかなければ、いざという時に思うように動けませんし、避難の判断も難しくなると実感しました。利用者の命を守るためにも、避難経路の確認など、細かな避難の想定作りを進めていきたい」
広い範囲で増え続ける高齢者施設
災害のリスクのあるエリアの高齢者施設は、ほかの地域でも増えているのか。範囲を広げて、調べてみることにしました。
対象としたのは、
7月4日から7日にかけて氾濫が発生した九州の1級河川、
▽熊本県の球磨川、
▽福岡県と大分県、佐賀県の筑後川、
▽福岡県の彦山川の流域です。
高齢者の入所施設の位置と、
ハザードマップのデータを重ねました。
すると、実に255施設が浸水が想定されていた地域の中にあることがわかりました。
筑後川の流域にならぶ高齢者施設
さらに、この255施設の開設時期を調べてみました。
この10年で新たに開設したのは58%にあたる147施設。
そのうち、この5年で新設されたのは27%にあたる69施設にも上りました。
今回、被害が起きた地域だけでなく、広い範囲で災害のリスクがある地域に新設されていたのです。
国も施設の立地規制に動き出す
災害のリスクがある地域への、高齢者施設の建設は止められないでしょうか?。
近年、豪雨による施設の被害が相次いでいることを受けて、国も施設の立地を規制できるよう対策に動きだしています。
6月、都市計画法が改正され、2年後から土砂災害のリスクが特に高い「土砂災害特別警戒区域」に加え、洪水による浸水の「危険区域」を自治体が指定すれば、原則として高齢者施設の新たな建設を禁止することができるようになりました。
このほか、すでにリスクのある場所に建っている施設についても、必要な費用の補助の増額などに支援を広げることで、移転を促すとしています。
専門家「時間かかっても立地規制を」
高齢者の避難に詳しい同志社大学の立木茂雄教授は、立地の規制を進めるには、行政が地域や事業者の理解を得ることが欠かせないと指摘します。
こうした「危険区域」の指定や施設の移転は、地域の反発やコスト面の課題なども予想されるためです。
同志社大学 立木茂雄教授
「高齢者施設の被害が繰り返し起きてきた根本的な原因は、土地の安さや利便性が優先されて河川沿いのリスクのある場所に施設の建設が進んできたことで、立地の規制には時間がかかるかもしれないが、粘り強く進める必要がある。一方で、災害に備えるには、施設ごとに、警戒レベルごとに誰が何をするかを具体的に定めた避難確保計画を作るなど、迅速な避難につなげる取り組みも欠かせない」