トランプ大統領 米朝首脳会談は宣伝のため?
ボルトン氏は在任中に行われたトランプ大統領と北朝鮮のキム・ジョンウン(金正恩)朝鮮労働党委員長の3回にわたる首脳会談について、会談の中身や各国の要人とのやり取りだとする内容を詳しく記しています。
このうちおととし6月にシンガポールで行われた史上初の米朝首脳会談については北朝鮮との事前の交渉が行き詰まるなか、トランプ大統領が「これは宣伝のためだ」とか、「中身のない合意でも署名する」と述べたなどとして、非核化の実現よりみずからのアピールに関心があったと指摘しています。
また会談のさなかに同席していたポンペイオ国務長官からトランプ大統領の発言について、「でたらめだらけだ」と書かれたメモを渡され、ボルトン氏も同意したと記しています。
またこの会談の実現に向けては当初、韓国のムン・ジェイン(文在寅)大統領の側近が北朝鮮のキム委員長に働きかけていたと指摘し、「戦略よりも南北の統一という目標のための創作だった」として、韓国側の思惑が強く影響していたと主張しています。
その後、ボルトン氏はトランプ大統領が北朝鮮に安易に譲歩しないよう働きかけを強めたとしていますが、トランプ大統領はキム委員長との再会談に強い意欲を見せ、おととし8月のはじめにキム委員長の親書を受け取ると「ホワイトハウスに招くべきだ」と主張したため、政権幹部がそろって反対したことがあったということです。
また、ボルトン氏が「小国の独裁者の親書にすぎず、会談すべきではない」と述べたのに対し、トランプ大統領は「あなたは敵意が強すぎる」と反論したこともあったとしています。
その後、2019年2月にベトナムのハノイで行われた2回目の首脳会談の際、実務者協議を担ったビーガン氏の取りまとめた声明案について、北朝鮮の非核化の合意があいまいなのに、譲歩しすぎているとして退けたと記しています。
ボルトン氏はビーガン氏について、「制御不能になりそうだった」として、段階的な非核化に応じるのではないかと不信感を強めたということで、「過去の政権と同じ過ちを繰り返そうとしている」と批判しています。
一方、2回目の会談ではキム委員長がニョンビョン(寧辺)の核施設の放棄と引き換えに経済制裁を解除する提案に最後までこだわったとしています。
これに対してトランプ大統領は、追加の非核化の措置を求めたとしていますが、側近たちに対しては「部分的な合意だけにするか、合意せずに席を立つか、どちらが大きな記事になるか」と述べ、実質的な成果ではなくメディアの報じ方を気にしていたとしています。
さらに去年6月にパンムンジョム(板門店)で行われた3回目の首脳会談についても、トランプ大統領の動機は写真撮影とメディアの注目を集めることだったとして、「ツイッターでの呼びかけで会談が実現したことに気分が悪くなった。トランプ大統領は個人的な利益と国益が区別できていない」と批判しています。
安倍首相も頻繁に登場
ボルトン氏は、トランプ大統領と安倍総理大臣の関係について、「トランプ大統領が世界中のリーダーの中でもっとも個人的に仲がよかったのは、ゴルフ仲間でもある安倍総理大臣だった。ただ、イギリスのボリス・ジョンソン氏が首相になり、安倍総理大臣と肩を並べることになった」と評価しています。
そして回顧録の中では、さまざまな外交課題をめぐる安倍総理大臣とのやり取りが頻繁に登場しています。
おととし6月にシンガポールで行われた米朝首脳会談に先立って、ワシントンで行われた日米首脳会談では、安倍総理大臣が北朝鮮について「非常にタフでずる賢い」と述べ、安易に制裁を解除せず、慎重に対応するよう忠告したと明かしています。
また、ボルトン氏は、自身の助言に反してトランプ大統領がイランとの対話を重視する路線に進んでいったいきさつも詳しく書いています。
この中でボルトン氏は、「あとになって知ったが、トランプ大統領は、安倍総理大臣にアメリカとイランの間を取り持つよう依頼し、安倍総理大臣はこれを真剣に検討した」と記し、トランプ大統領が安倍総理大臣に仲介を依頼したとしています。
そして安倍総理大臣は、去年5月に東京でボルトン氏と会談した際、「トランプ大統領の要請なので、イランを訪問する」という考えを強調したということです。
その直後の5月、東京で行われた日米首脳会談で、安倍総理大臣が6月にイランを訪問する考えを伝えた際、トランプ大統領は、「いすから落ちはしなかったし、大事な点は聞き逃してはいないようだったが、深い眠りに落ちていた」と、当時の会談の様子を描写しています。
この翌月の去年6月、安倍総理大臣はイランを訪問しました。
この訪問についてボルトン氏は、「ハメネイ師との会談のさなかにイランの沖で日本などの海運会社が運航するタンカーが攻撃された。イラン側が、安倍総理大臣に平手打ちをする形で、会談は完全な失敗に終わった」と結論づけています。
そして、安倍総理大臣がイラン訪問を終えた直後にトランプ大統領と電話会談を行った際には、トランプ大統領は、「協力には感謝をするが、個人的にはアメリカの農産物を日本にもっと購入してもらうほうが重要だ」と述べ、みずからの関心事である農産物の輸出の話題に転じたとしています。
このほか、中国については、去年5月の日米首脳会談で安倍総理大臣が「中長期的な戦略的脅威だ」と述べ、トランプ大統領に対して、日米同盟を維持し強化することで、中国に対抗していくべきだと伝えたとしています。
「ウクライナ疑惑は事実」との認識
ボルトン氏は回顧録で、トランプ大統領の弾劾裁判の対象になったいわゆるウクライナ疑惑に関して、「トランプ大統領がウクライナへの支援の見返りに、政敵のバイデン前副大統領に関連する調査を要求した」として、疑惑は事実だという認識を示しました。
それによりますと、トランプ大統領は去年8月、ウクライナへの軍事支援についてホワイトハウスでボルトン氏に、「バイデン氏に関する調査資料がすべて提出されるまで、ウクライナに何ら支援するつもりはない」と話したということです。
この疑惑では、野党・民主党主導の議会下院の弾劾調査に対し、複数の政府高官が同様の内容の証言をしていましたが、当時トランプ大統領から直接、指示を受けていたという政府高官の証言はこれが初めてです。
一方、ボルトン氏は、トランプ大統領がバイデン氏に打撃となる情報をウクライナで見つけようとしていたことについて「幻想だ」としたうえで、「エスパー国防長官、ポンペイオ国務長官、それに私はトランプ大統領を説得して軍事支援をする方法について意見交換を続けた。トランプ大統領と直接向かい合い、個人的な政治的利益のためにアメリカ政府を利用することは許されないと主張した」としています。
この疑惑で、民主党主導の議会下院は去年12月、トランプ大統領をみずからの政治的利益のためにウクライナに圧力をかけた「権力乱用」と、議会による調査を妨害した「議会妨害」で弾劾訴追し、議会上院でアメリカ史上3回目となる弾劾裁判が開かれましたが、多数を占める与党・共和党の議員が無罪の判断を示し、無罪評決が下されています。
ボルトン氏は民主党が進めた弾劾調査に協力しませんでしたが、その理由について対象をウクライナ疑惑のみに絞ったためだとしたうえで、「下院がトランプ大統領の幅広い行動に焦点を当てていれば、大統領が『重大な犯罪や不正行為』を犯したと人々を説得できたより大きなチャンスになっていたかもしれない」としています。
トランプ大統領 トルコめぐり捜査に介入か
ボルトン氏は回顧録で、トランプ大統領がトルコのエルドアン大統領に依頼され、トルコの制裁逃れへの関与をめぐる捜査に介入しようとした疑いがあると指摘しました。
回顧録によりますと、トランプ大統領はおととし12月、アルゼンチンのブエノスアイレスで開かれたG20サミットに合わせてトルコのエルドアン大統領と会談した際、エルドアン大統領からメモを手渡されたということです。
回顧録や報道によりますとトルコを巡っては、ニューヨーク南部地区の連邦地検が国営銀行によるイランの制裁逃れへの関与を疑い捜査していましたが、トランプ大統領はメモを受け取ったあと、国営銀行は無実だという認識を示し、エルドアン大統領に対しみずから対処に当たると伝えたということです。
その際、トランプ大統領は、「南部地区の連邦検事は自分の味方ではなく、オバマ前大統領に近い人たちだ。彼らに代わって自分の味方が検事になった時、問題は解決するだろう」と説明したとしています。
これについてボルトン氏は、ABCテレビのマーサ・ラダッツ氏の独占インタビューで、「これまでそんな発言をする大統領はいなかった。司法妨害かもしれないと感じた」と述べています。
ニューヨークの南部地区の連邦地検を巡っては先週、トランプ大統領の側近による違法献金などの捜査を担当してきた検事が解任され、野党・民主党は「政権による司法への不当な介入だ」と批判を強めています。
トランプ大統領 「習主席に再選支援を懇願」
ボルトン氏は回顧録でトランプ大統領が去年6月に大阪で開かれた中国の習近平国家主席との首脳会談で、「突然、アメリカ大統領選挙の話題を持ち出し、中国の経済力が選挙に与える影響を示唆しながら、みずからの再選を確実にするため、習主席に支援を懇願した」と指摘しました。
そのうえで、「トランプ大統領はアメリカの農家からの支持の重要性を強調し、アメリカ産の大豆や小麦の購入を増やすよう求めた」としています。
また回顧録では、中国の通信機器大手「ファーウェイ」の孟晩舟副会長がおととし12月にカナダで逮捕された際、トランプ大統領がボルトン氏に「中国のイバンカ・トランプを逮捕したんだ」と述べ、娘の名前を出して不満を示したと記しています。
さらに孟副会長の逮捕は刑事事件であり、アメリカ政府が「ファーウェイ」を次世代の通信規格5Gで大きな脅威になると見ているにもかかわらず、トランプ大統領は何度も「ファーウェイ」の問題を貿易交渉の取り引き材料にする姿勢を見せたとしていて、ボルトン氏は貿易交渉を優先させ安全保障上の課題を軽視したと批判しています。
さらに去年6月、香港で民主派によるデモが激しさを増していた時にトランプ大統領は、「関わりたくない。アメリカにも人権問題はある」と発言したほか、この頃に習近平国家主席と電話会談した際には、「香港のデモは中国の国内問題だ。側近たちには公の場で香港の問題を語らないよう伝えた」と述べて、習主席から感謝のことばを受けたとしています。
そして去年6月に中国の天安門事件から30年を迎えた際に、ホワイトハウスが大統領声明を出す方針でしたが、トランプ大統領はムニューシン財務長官から貿易交渉への影響を聞き、「誰が声明を気にするんだ。中国と交渉をまとめようとしているんだ」と述べて、声明を出すのを拒否したということです。
またトランプ大統領は去年6月の習主席との会談で「習主席から新疆ウイグル自治区でウイグル族を拘束する施設の建設の必要性を説明された」としたうえで、その際に同席した通訳によると、トランプ大統領はこの時、「正しいことで建設を進めるべきだ」と発言したと指摘し、トランプ大統領が中国国内の人権問題を軽視していると批判しています。
バイデン氏「再選支援と引き換えに人権問題を軽視」
ボルトン氏が回顧録でトランプ大統領がみずからの再選のために中国の習近平国家主席の支援を求めたと主張していることを受けて、野党・民主党の対立候補のバイデン前副大統領はトランプ大統領が再選への支援と引き換えに香港やウイグルをめぐる人権問題を軽視してきたと批判しています。
バイデン氏は秋の大統領選挙に向けて、トランプ大統領の陣営から中国寄りで弱腰だと批判されていますが、ボルトン氏による回顧録での暴露も受けて攻勢を強める構えです。
またトランプ大統領に反発する保守系の専門家らも批判を強めています。
トランプ大統領の再選阻止を目指す共和党員や元軍人でつくる政治団体「リンカーン・プロジェクト」は、トランプ大統領こそ中国寄りで弱腰だと主張する宣伝ビデオを公表しました。
宣伝ビデオでは、「ドナルド・トランプは中国に対抗できるのは自分だと装っているが、中国はトランプが弱腰で汚職にまみれ、笑い者になっていることを知っている。まるで犬のように習近平国家主席に再選の支援も懇願した」と非難しています。
農業団体幹部はトランプ大統領を評価
一方、トランプ大統領がみずからの再選のために中国の習近平国家主席に対してアメリカの農産品の購入で支援を求めたことについて、中西部イリノイ州の農業協会の幹部、マーク・タトルさんはNHKの取材に対して「トランプ大統領は近年の大統領のなかで、最も農業について語る大統領だ。いつも農家のことを気にかけ、我々に耳を傾けてくれる」と述べました。
さらに「農家はトランプ大統領を強く支持している」と述べ、農家の大統領への支持は揺るがないと主張するとともに、「中国が貿易交渉の約束を果たしてアメリカの農産品の購入をさらに行うことを望む」と述べて、中国の農産品購入に期待を示しました。
中西部ミズーリ州の農業協会の会長ブレーク・ハーストさんは、NHKの取材に「大豆を売るために国を危険にさらすなという主張もわかるが、中国の市場は多くのアメリカの農家にとって非常に重要だ」と述べ、中国との貿易の重要性を強調しました。
またトランプ大統領が中国の習近平国家主席に選挙で農家の重要性を説明したとされることについて「トランプ大統領が我々の投票を気にしてくれるのは農家としては当然、うれしい」と述べましたが、米中の貿易戦争で多くの被害を受けたとして秋の大統領選挙でトランプ大統領に投票するかどうかは決めていないとしています。