大量に残る「泥」 りんご農家は…
台風19号の豪雨災害で、千曲川の堤防が決壊した長野市穂保とその周辺の地域の農地には、家具などの災害廃棄物や大量の泥が流れ着き、ボランティアなどによる撤去作業が続いてきました。
災害から2か月となる12日も、県内外から集まったボランティアが、りんご畑に積もった泥の撤去の準備のために、落ちている実を拾うなどしていました。
JAなどによりますと、農地向けのボランティアは、これまでに延べ5600人以上が参加し、この地域では、人の手で行う必要がある災害廃棄物とりんごの木の根元の泥の撤去はほぼ終了したということです。
しかし、農地の広い範囲には今も大量の泥が残ったままになっていて、今後、市などが重機を使って取り除くことにしていますが、作業が終わる見通しは立っておらず、今後の農業への影響が懸念されています。
りんご農家の男性は「ボランティアの人が作業をしてくれて、助かりましたが、今のままでは、来年の農作業が始められるか心配です」と話していました。
流れ込んだ「泥」は14万台分 処分先が課題に
仮置き場となっている長野市屋島の千曲川沿いのグラウンドでは、市内の農地から運び出した泥を10日から受け入れ始め、12日からは薬剤を混ぜて水分を飛ばす処理作業が始まりました。
長野市によりますと千曲川の堤防が決壊した長野市穂保やその周辺では、りんご畑や田んぼなどの農地に量にして80万立方メートル、10トンダンプカーで換算すると単純計算で14万台分を超える大量の泥が流れ込みました。
市やボランティアが畑などの泥の撤去を進めていますが、取り除いた泥の処分先がなく、大きな課題となっています。市によりますと住宅や事業所に流れ込んだ泥の処分を優先した結果、農地の泥を受け入れられる業者が見つからず、唯一、仮置き場として確保できたグラウンドも農地の泥すべてを処理することは難しいということです。
川沿いに残された泥は再び豪雨などが起きると流出するおそれがあるほか、中に混ざった農作物などが腐敗してにおいが生じるため、近隣の住民の生活に影響を及ぼすおそれもあります。
長野市森林農地整備課の松本政則課長は「安全面や市民生活への影響から早く処理したいが、場所や利用方法が限られ、処分のめどはたっていない。引き続き関係機関と調整を進めていきたい」と話しています。
“海がない”長野県ならではの事情
農地に流れ込んだ泥の処分が難しい背景には、長野県ならではの事情があります。
去年の西日本豪雨で大きな被害が出た広島県など、過去の豪雨災害の被災地では流出した大量の泥を海の埋め立てや土地のかさ上げなどに利用することで処分を進めてきました。しかし長野県には海がないため埋め立て工事に使うことはできません。
また、長野市によりますと、土地のかさ上げに利用するにも市が委託した民間業者は住宅や事業所に流れ込んだ泥の処理に追われ、農地の泥を受け入れられる業者は見つからなかったということです。
さらに山に囲まれた地形で広い土地が限られているため、仮置き場の確保さえも難しいということです。このため市は有力な処分方法として決壊した堤防の復旧工事での利用を見込んでいましたが、国が泥の成分などを調査したところ、砂の粒が0.075ミリ以下と細かく、草や植物の根、それに藻などの不純物が大量に含まれていることがわかりました。
国によりますと砂の粒が細かいと水に溶けやすく、不純物が多いと陥没やひび割れなどの原因になるため、強度や耐久性の面で安全性が保てず堤防への利用はできないということです。
地盤工学の専門家によりますと、千曲川が決壊した場所は流れが穏やかで、草や藻がたまりやすい環境だったことなどが成分に影響しているとみられるということです。
堤防の復旧工事に関わる国土交通省千曲川河川事務所の江口斉工務課長は「泥の状態から堤防の材料には適さず使用はあきらめるしかない。市にはほかの関係機関と調整してもらいたい」と話しています。
専門家「草などまじり堤防にも使用できず新たな課題に」
千曲川の堤防の決壊で農地に流れ込んだ大量の泥について、地盤工学が専門で西日本豪雨の検証に関わっている広島大学防災・減災研究センターの土田孝センター長は「西日本豪雨で氾濫した川は川幅が狭く急流だったため、川底に有機物がたまっているケースは少なかった。千曲川は非常に大きな川で平野をゆっくり流れているので草などが腐敗したものが川底に積もっていて、それが流れ出したと考えられる。こうした泥は時間がたつと微生物に分解され空洞ができるため、堤防などの建設材料には使用できない」と分析しています。
そのうえで泥の処理の問題について「昔はほとんどの港で埋め立て工事をしていたが、今は需要が減っているので内陸部の長野だけの問題ではない。一級河川があれほどの規模で氾濫するケースはこれまであまりなかったが、川が運んできた有機物を含む泥が大量に流れ込み処分に困るというのは新たに発生した重要な問題で、今後、同じような災害が起きた時に泥をどのように活用していくか新たな技術課題になる」と指摘しています。