トリチウムとは？ なぜ「海うみか大気たいき中ちゅうに放出ほうしゅつ」なのか？

国くにの小しょう委員いいん会かいは、基準きじゅん以下いかに薄うすめ、「海うみに放出ほうしゅつする」か「大気たいき中ちゅうに放出ほうしゅつする」という案あんを中心ちゅうしんに議論ぎろんを進すすめることを提言ていげんする素案そあんを示しめしました。

風評ふうひょう被害ひがいを懸念けねんする地元じもとからは強つよい反発はんぱつが予想よそうされ、今後こんごの議論ぎろんが注目ちゅうもくされます。

そもそも「トリチウム」とはどんな物質ぶっしつなのか。そして、「海うみに放出ほうしゅつする」「大気たいき中ちゅうに放出ほうしゅつする」とはどういうことなのか。詳くわしくまとめました。

そもそも「トリチウム」とは

たまり続つづけるトリチウムなどを含ふくむ水みず。そもそも放射ほうしゃ性せい物質ぶっしつの「トリチウム」とは、どのような物質ぶっしつなのか。

その性質せいしつや体からだへの影響えいきょうを、国くにの小しょう委員いいん会かいの素案そあんでは以下いかのようにまとめています。

「トリチウム」は日本語にほんごでは「三重みえ水素すいそ」（さんじゅうすいそ）と呼よばれる放射ほうしゃ性せい物質ぶっしつで水素すいその仲間なかまです。

宇宙うちゅうから飛とんでくる宇宙うちゅう線せんなどによって自然しぜん界かいでも生成せいせいされるため、大気たいき中ちゅうの水蒸気すいじょうきや雨水あまみず、海水かいすい、それに水道すいどう水すいにも含ふくまれ、私わたしたちの体内たいないにも微量びりょうのトリチウムが取り込とりこまれているということです。

また、国内外こくないがいの原子力げんしりょく発電はつでん所しょでは発生はっせいしたトリチウムを各国かっこくの基準きじゅんに基もとづいて薄うすめて海うみや大気たいきに放出ほうしゅつしていることも紹介しょうかいしています。

人体じんたいへの影響えいきょうは？

人体じんたいへの影響えいきょうについては、国くにの小しょう委員いいん会かいの素案そあんでは、濃度のうどの大小だいしょうがポイントとしています。

トリチウムが出だす放射線ほうしゃせんは弱よわいベータ線べ-たせんで、外部がいぶの被ひばくよりも体内たいないに取り込とりこんだ際さいの内部ないぶ被ひばくの影響えいきょうを考慮こうりょすべきとしています。

その上うえで、リスクについて、再現さいげん性せいあるデータや研究けんきゅう論文ろんぶんなどを集あつめて小しょう委員いいん会かいとして検討けんとうした結果けっかをまとめ、▽体内たいないで一部いちぶのトリチウムがタンパク質たんぱくしつなどの有機物ゆうきぶつと結合けつごうし濃縮のうしゅくするのではないかといった指摘してきについては、体からだはＤＮＡでぃ-えぬえいを修復しゅうふくする機能きのうを備そなえていて、動物どうぶつ実験じっけんや疫学えきがく研究けんきゅうからはトリチウムが他たの放射ほうしゃ性せい物質ぶっしつに比くらべて健康けんこう影響えいきょうが大おおきいという事実じじつは認みとめられなかったと結論けつろんづけています。

また、マウスの発はつがん実験じっけんでも自然しぜん界かいの発生はっせい頻度ひんどと同どう程度ていどで、原子力げんしりょく発電はつでん所しょ周辺しゅうへんでもトリチウムが原因げんいんと見みられる影響えいきょうの例れいは見みつかっていないとしています。

放射ほうしゃ性せい物質ぶっしつの性質せいしつに詳くわしく小しょう委員いいん会かいの委員いいんもつとめる茨城いばらき大学だいがくの田内たうち広ひろ教授きょうじゅにトリチウムのリスクをどう考かんがえるか聞ききました。

田内たうち教授きょうじゅは「トリチウムが体内たいないに取り込とりこまれてＤＮＡでぃ-えぬえいを傷きずつけるというメカニズムは確たしかにあるが、ＤＮＡでぃ-えぬえいには修復しゅうふくする機能きのうがあり、紫外線しがいせんやストレスなどでも壊こわれては修復しゅうふくしているのが日常にちじょう。実験じっけんで、細胞さいぼうへの影響えいきょうを見みているが基準きじゅん以下いかの低てい濃度のうどでは細胞さいぼうへの影響えいきょうが確認かくにんできない。そのため、実験じっけんの場合ばあいはわざと基準きじゅんより濃こい濃度のうどを使つかっている」などと述のべ、濃度のうどを管理かんりできていればリスクは低ひくい放射ほうしゃ性せい物質ぶっしつとの見解けんかいを示しめしています。

「５いつつの案あん」から今回こんかい「２ふたつの案あん」に

福島ふくしま第だい一いち原発げんぱつの汚染おせん水すいを処理しょりした後のちのトリチウムを含ふくむ水みずの処分しょぶん方法ほうほうについては科学かがく的てき、技術ぎじゅつ的てきな観点かんてんから議論ぎろんをしてきた国くにのタスクフォースチームが平成へいせい28年ねんに５いつつの案あんを示しめしました。

▼基準きじゅん以下いかに薄うすめて海うみに放出ほうしゅつする案あん

▼加熱かねつして蒸発じょうはつさせ、大気たいき中ちゅうに放出ほうしゅつする案あん

▼電気でんき分解ぶんかいして水素すいそにして大気たいき中ちゅうに放出ほうしゅつする案あん

▼地下ちか深ふかくの地層ちそうに注入ちゅうにゅうする案あん

▼そして、セメントなどに混まぜて板いた状じょうにし、地下ちかに埋うめる案あんの５いつつです。

このタスクフォースの議論ぎろんを引き継ひきついだ小しょう委員いいん会かいの今回こんかいの素案そあんでは、５いつつの案あんのうち、

▼海洋かいようへ放出ほうしゅつする案あんと

▼蒸発じょうはつさせて大気たいきに放出ほうしゅつする案あんの

２に案あんを中心ちゅうしんに議論ぎろんを進すすめることを提言ていげんしました。

実績じっせきがあり、現実げんじつ的てきだというのが主おもな理由りゆうとしています。

「海洋かいよう放出ほうしゅつ」とは

このうち海洋かいよう放出ほうしゅつはポンプで吸い上すいあげた海水かいすいを混まぜて基準きじゅん以下いかに薄うすめ、海洋かいように放出ほうしゅつするものです。原子力げんしりょく発電はつでん所しょでも日本にっぽんを含ふくめ各国かっこくで基準きじゅんを決きめて海洋かいよう放出ほうしゅつをしているなど実績じっせきがあり、監視かんしも確実かくじつにできるとしました。

また、タスクフォースも海うみに流ながすことで安定あんてい的てきに薄うすくなり拡散かくさんができるとし、コストも最もっとも安やすく、大量たいりょうの処理しょり水すいを最短さいたんで処分しょぶんできるとしました。

「大気たいき放出ほうしゅつ」とは

また、もう１ひとつの▼大気たいきに放出ほうしゅつする案あんは1000度どほどの高温こうおんで蒸発じょうはつさせ排気はいき筒とうから大気たいき中ちゅうに放出ほうしゅつするものです。

この方法ほうほうも40年ねん前まえ、メルトダウンを起おこしたアメリカ・スリーマイル島とうの原子力げんしりょく発電はつでん所しょで実績じっせきがあります。

加くわえて、２ふたつの案あんは国くにと東京とうきょう電力でんりょくが国連こくれん科学かがく委員いいん会かいのモデルに基もとづいて行いった被ひばく量りょうの試算しさんで一般いっぱんの人ひとが自然しぜん界かいでうける被ひばく量りょうと比較ひかくしても十分じゅうぶんに小ちいさいとの評価ひょうかが出でたことも選えらばれた理由りゆうです。

残のこりの３みっつの案あんは

これに対にたいして残のこりの３さん案あんは▼地層ちそう注入ちゅうにゅうについては、適てきした用地ようちを探さがす必要ひつようがあり、監視かんしする手法しゅほうが確立かくりつされていないこと、▼水素すいそにして大気たいきへ放出ほうしゅつする案あんは、さらなる技術ぎじゅつ開発かいはつが必要ひつようで水素すいそ爆発ばくはつの可能かのう性せいも残のこること、▼また、地下ちか埋設まいせつは、新あらたな規制きせいが必要ひつようになることや処分しょぶん場じょうの確保かくほなどが課題かだいになるなどとして、「現実げんじつ的てきな選択せんたく肢しとしては課題かだいが多おおい」としました。

また、住民じゅうみん参加さんかの公聴こうちょう会かいなどで出だされ、途中とちゅうで議論ぎろんに追加ついかされたタンクにためて長期ちょうき保管ほかんする案あんについては、▼原発げんぱつの敷地しきち内ないではタンクを増設ぞうせつする余地よちが限定げんてい的てきであること、▼大だい容量ようりょうのタンクが破損はそんした場合ばあい漏ろうえい量りょうが膨大ぼうだいになること、▼敷地しきちの外そとに保管ほかんするには輸送ゆそうの問題もんだいのほか、自治体じちたいの理解りかいや認可にんかに時間じかんを要ようするなどとして、否定ひてい的てきな見解けんかいを示しめしました。

専門せんもん家か「心配しんぱいや懸念けねんにとことん向き合むきあうべき」

原子力げんしりょくと社会しゃかいの関かかわりに詳くわしい、東京とうきょう電機でんき大学だいがくの寿ことぶき楽らく浩ひろし太ふとし准じゅん教授きょうじゅは、「今回こんかいの問題もんだいは、具体ぐたい的てきな解決かいけつ策さくとして、海洋かいよう放出ほうしゅつと大気たいき放出ほうしゅつが専門せんもん家かの間まで、あたかも相場そうば観かんのように共通きょうつう認識にんしきとして出来できあがっていて議論ぎろんがやや直線ちょくせん的てきになってしまっている印象いんしょうだ」と話はなし、議論ぎろんの進め方すすめかたに疑問ぎもんを呈ていしています。

３さん年ねん前まえの小しょう委員いいん会かいから加くわわった心理しんり学がくや社会しゃかい学がくなどの有識ゆうしき者しゃや、地元じもと関係かんけい者しゃをもっと早はやく参加さんかさせるべきだったとして、「科学かがく技術ぎじゅつの専門せんもん家かが適切てきせつと考かんがえる方向ほうこうで議論ぎろんするのではなく、心理しんり学がくや経済けいざい学がくなど、実際じっさいに社会しゃかいで起おこりうる反応はんのうや影響えいきょうについて考察こうさつする専門せんもん家かの意見いけん、そして地元じもとの当事者とうじしゃの意見いけんを早はやい段階だんかいから真摯しんしに伺うかがいながら進すすめていれば、もっと柔軟じゅうなん性せいのある、様々さまざまなアイデアや解決かいけつ策さくがそ上そじょうにのり、豊ゆたかな議論ぎろんができたのではないか」と話はなしています。

そして今後こんごについては、「科学かがく的てき、技術ぎじゅつ的てきにはこういう解決かいけつ策さくがあるから、納得なっとくしてくださいというだけでは、なかなか地元じもとの納得なっとくは得えられない。いろいろな心配しんぱいや懸念けねん、異論いろんにもとことん向き合むきあい、受け入うけいれられる部分ぶぶんは、修正しゅうせいしていくことなどを繰り返くりかえしていくことが納得なっとく感かんを高たかめていくことにつながる」と話はなし、国くにと東京とうきょう電力でんりょくには、より柔軟じゅうなんで、複合ふくごう的てきな視点してんで今後こんごの議論ぎろんを展開てんかいすることが求もとめられると指摘してきしています。

「トリチウム」 水みずから分離ぶんりできないのか？

水みずから取り除とりのぞくことが難むずかしい三さん重じゅう水素すいそ・トリチウム。分離ぶんりする技術ぎじゅつはないのか、専門せんもん家かを取材しゅざいをしました。

この分野ぶんやの第だい一いち人にん者しゃで小しょう委員いいん会かいの委員いいんもつとめる量子りょうし科学かがく技術ぎじゅつ研究けんきゅう開発かいはつ機構きこうの山西さんせい敏彦としひこ博士はかせは、分離ぶんりする技術ぎじゅつはあるものの現状げんじょうでは完全かんぜんに分離ぶんりすることは難むずかしく、福島ふくしまで行おこなうにしても複数ふくすうの課題かだいを解決かいけつする必要ひつようがあり現実げんじつ的てきではないと話はなします。

韓国かんこくやカナダなど海外かいがいのほか、日本にっぽんでもかつて開発かいはつした新型しんがた転換てんかん炉ろ「ふげん」で実用じつよう化かしたケースはありますが、いずれも少量しょうりょうで、濃度のうども福島ふくしまで求もとめられるレベルよりもはるかに濃こいものでした。

このため経済けいざい産業さんぎょう省しょうは平成へいせい26年ねんから平成へいせい28年ねんにかけて国内外こくないがいの事業じぎょう者しゃを募つのって実証じっしょう実験じっけんを行おこないました。

このうち、ロシアの会社かいしゃは、▼沸点ふってんのわずかな差さを利用りようする技術ぎじゅつと、▼化学かがく反応はんのうを利用りようする技術ぎじゅつを組み合くみあわせた実じつ規模きぼの施設しせつを建設けんせつして検証けんしょうしました。

施設しせつは、高たかさが43メートルあまりある蒸留じょうりゅう塔とうや化学かがく反応はんのうでトリチウムを取り除とりのぞく装置そうちなど大おおがかりなもので、試験しけんの結果けっか取とれたデータの一部いちぶは国くにの基準きじゅんよりも濃度のうどが薄うすくなったということです。

しかし、試験しけん期間きかんが短みじかく、データの取得しゅとくが十分じゅうぶんではないなどとして技術ぎじゅつとしてはすぐには適用てきようできないという結論けつろんとなりました。

またこうした最新さいしんの技術ぎじゅつでも完全かんぜん分離ぶんりはできず、一部いちぶ、トリチウムが残のこってしまうといいます。

さらに分離ぶんりを行おこなうことで取り除とりのぞかれたトリチウムが集あつまって高こう濃度のうどになるのでその扱あつかいをどうするかといった新あらたな課題かだいも発生はっせいしてしまうということです。

山西さんせい博士はかせは、「福島ふくしまで実用じつよう化かするにはいま開発かいはつされているものから３さん桁けた以上いじょうの多おおい量りょうを処理しょりできる装置そうちが必要ひつようで、実用じつよう化かは相当そうとう遠とおい。また、分離ぶんり技術ぎじゅつができれば全すべて解決かいけつするわけではなく、濃こくなったものを管理かんりするリスクも含ふくめ議論ぎろんしなければならない」と話はなし、すぐに実用じつよう化かできる技術ぎじゅつではなく検討けんとうの選択肢せんたくしに入はいっていないことはやむを得やむをえないとしています。

ただし、山西さんせい博士はかせは将来しょうらいの技術ぎじゅつの１ひとつとして研究けんきゅうを継続けいぞくすることは必要ひつようだと話はなします。

近畿きんき大学だいがくでは、トリチウムを吸着きゅうちゃくさせて取り除とりのぞく技術ぎじゅつの開発かいはつに取り組とりくんでいます。

複数ふくすうの小ちいさな穴あながあいた「多孔たこう質しつ体たい」と呼よばれる物質ぶっしつの中なかに、トリチウムを含ふくんだ水蒸気すいじょうきを通とおすことで取り除とりのぞくことを目指めざしていて、現在げんざい、実験じっけん室しつレベルですが半分はんぶん程度ていど取り除とりのぞくことは見通みとおしがついたといいます。

大学だいがくでは将来しょうらいさらに除去じょきょできる割合わりあいを向上こうじょうさせたいとしています。

リーダーの近畿きんき大学だいがく原子力げんしりょく研究所けんきゅうじょの山西さんせい弘ひろし城じょう教授きょうじゅは「トリチウムの処理しょり水すいをただ薄うすめて放出ほうしゅつするということであれば、地元じもとの理解りかいは得えられないと思おもう。他たにも処理しょりする方法ほうほうを探さぐりながら、納得なっとくできるような形かたちが必要ひつようで、その中なかの選択肢せんたくしの１ひとつにできればと開発かいはつを進すすめています」と開発かいはつの意味合いみあいを語かたりました。

ただ、今後こんごも開発かいはつを続つづけるには設備せつびをより大型おおがた化かして性能せいのうなどを検証けんしょうする必要ひつようがあるとして、「施設しせつや実験じっけんにかかる費用ひようをどう調達ちょうたつするかが課題かだいです」と話はなしていました。