北朝鮮に
拉致された
可能性が
排除できないとされる
新潟県長岡市出身の
中村三奈子さんが
行方不明になって
20年がたち、
母親などが
最後に
立ち寄ったとされる
新潟空港で
情報提供を
呼びかけました。
当時18歳の
中村三奈子さんは、
平成10年4月7日、
新潟空港から
韓国に
出国したのを
最後に
行方不明になりました。
母のクニ
さんは、
北朝鮮による
拉致の
被害を
訴え、
警察などは
北朝鮮による
拉致の
可能性を
排除できないとしています。
行方不明になって20年がたち、7日は、高校時代の同級生も参加して新潟空港で韓国に向かう航空便の乗客たちに「中村三奈子さんを捜しています」と情報提供を呼びかけていました。チラシには、中村三奈子さんの写真とともに日本語とハングルで「さがしています」と書かれています。
74歳の中村クニさんは「帰ってきてほしい。元気でいることを知らせてほしい。家族も年齢を重ね、1年1年が大切な時間です。政府には拉致の解決のための話し合いをしてほしい」と話していました。
チラシを受け取った男性は「長い時間、お母さんは心を砕いてきたのだと思う。国にも解決に向けた対応をしてほしい」と話していました。
当時18歳の中村三奈子さんは、平成10年4月7日、新潟空港から韓国に出国したのを最後に行方不明になりました。母のクニさんは、北朝鮮による拉致の被害を訴え、警察などは北朝鮮による拉致の可能性を排除できないとしています。
行方不明になって20年がたち、7日は、高校時代の同級生も参加して新潟空港で韓国に向かう航空便の乗客たちに「中村三奈子さんを捜しています」と情報提供を呼びかけていました。チラシには、中村三奈子さんの写真とともに日本語とハングルで「さがしています」と書かれています。
74歳の中村クニさんは「帰ってきてほしい。元気でいることを知らせてほしい。家族も年齢を重ね、1年1年が大切な時間です。政府には拉致の解決のための話し合いをしてほしい」と話していました。
チラシを受け取った男性は「長い時間、お母さんは心を砕いてきたのだと思う。国にも解決に向けた対応をしてほしい」と話していました。